白衣の男

 それから風花ふうかは、一寸の迷いも見せずに眼前の敵を殴り飛ばした。その背後からは三人の戦闘員が迫ってきたが、彼女は後ろ回し蹴りによって彼らの足元を崩す。その瞬間、彼女のすぐ目の前には銃が突きつけられた。

「そこを動くな!」

 銃を構えた男が叫んだ。一見、これは風花にとって絶体絶命の危機だろう。しかし風花は、この状況を鼻で笑い飛ばす。彼女は銃口を掌で押しつけ、強気なことを口走る。

「撃ってみなよ」

 それは虚勢なのか、それとも挑発なのか――男にはそれがわからなかった。少なくとも、彼自身は虚勢など張っていない。その目に宿っていたのは、紛れもない殺意だ。男はすぐにトリガーを引いた。


 どういうわけか、銃弾が放たれることはなかった。


 風花は銃を奪い取り、男の膝を撃ち抜いた。唖然とする彼を横目に、彼女は他の戦闘員たちにも発砲していく。

「良いことを教えてあげるよ。ショートリコイル式の銃は先端から圧力をかけられると、発砲できない構造になっているんだよ」

 体術を極めた者が銃を持てば、まさしく鬼に金棒だ。その上、彼女は銃もそれなりに使いこなしている。武装集団は次々と銃弾を受け、その場に崩れ落ちていった。しかし、彼らにはまだ息がある。否、彼らは風花に生きることを許されたのだ。

「ボクには人を殺すような趣味はないけど、これ以上続けるようなら正当防衛くらいはさせてもらうよ。さあ、早く逃げるんだね」

 そう言い放った彼女は再び発砲し、今度は追手たちの構えている銃を次々と破壊していった。これで少なくとも、彼らには風花を撃つことが出来ないだろう。足を撃たれた男たちは砂利の上を這い、彼女の元から逃げ始めた。やはり彼らも、命は惜しいようだ。風花は安堵のため息をつき、スマートフォンを取り出した。

「お片付けも済んだし、環奈かんな由美ゆみを呼ばないとね」

 元より、彼女はあの二人とピクニックに来ていたのだ。そして全ての敵を追い払った今、風花は再び河原でのひと時を楽しむことが出来る。


――もっとも、それは邪魔者がこれ以上現れなければの話である。


 どこからともなく、拍手の音が聞こえてきた。風花が振り向いた先の空間には穴が開いており、そこからは白衣を身にまとった痩身の男が顔を覗かせていた。男はその穴から飛び出し、風花の強さを称える。

「キミは実に大したものだ」

「キミは一体……?」

「ワタシは高橋静流たかはししずる。ワタシの素性は、これから嫌でもわかるだろう」

 静流と名乗った男は、妙に不穏な雰囲気を醸していた。そして彼が風花に指先を向けるや否や、その先端からは細い光線のようなものが放たれた。唐突な先制攻撃に対処できなかった風花は、右膝を撃ち貫かれてしまう。その場に崩れ落ちる彼女の目の前で、静流は何らかの薬品の入った注射器を生成した。その光景を前にして、風花はあることに気づく。

「その力……由美のものと同じか……!」

 そう――どこからともなく物質やエネルギーを発生させるこの力は、紛れもなく由美が使っていたものだ。

「クックック……ご名答。キミには少々、眠ってもらう必要がある。なぁに、ワタシは貴重な被験体を無益に殺すような真似はしない」

「被験体? 一体、なんの話をしている!」

「キミはすでに、この件に大きく関わりすぎた。なおかつ、キミには類稀なる戦闘の才能がある。キミを被験体に使う以外に、選択肢はない!」

 静流は邪悪な笑みを浮かべている。少なくとも、彼が良からぬことを考えているのは火を見るよりも明らかだ。彼はじりじりと風花に歩み寄り、そして彼女の首筋に薬品を注射した。風花の身に異変が起きたのは、その直後のことである。

「なんだ? 眠く……なってきたぞ。麻酔薬に、そんな即効性なんか……あったか……?」

 状況をほとんど呑み込めないまま、風花は深い眠りに落ちた。

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