ピクニック

 数日後、風花ふうかたちは河原にブルーシートを広げた。雲一つない快晴の空の下で、彼女たちはサンドウィッチを食べ始める。せせらぎの奏でられる橋の下で、風花は話を切りだす。

「どうだい? 由美ゆみ。ストリートファイトばかりじゃなくてさ、ボクたちにもこうやって平和なひと時を過ごすことがあるんだよ」

 彼女とて、一人の人間だ。闘争だけが彼女の全てではない。無論、それは環奈かんなにとっても同じことである。

「あーしと風花はライバルだけど、同時に親友でもあるんだよ。互いを尊敬して、絆を結んでいるからこそ戦うんだ」

 それは由美にとって、理解の及ばない考えだった。由美は特別な力を持つ一方で、戦うことには消極的だ。そんな彼女が戦うとしたら、それは遊びや競技などではない。

「二人とも、命が惜しいとは思わないのですか?」

 そんな疑問を口にした彼女は、真剣な眼差しをしていた。一方で、風花たちは彼女が逃亡者であることを知っている。この少女が、ディフェクトという魔物と戦っていることも知っている。ゆえに二人の戦士は、由美が意味するところを理解している。風花は彼女と肩を組み、こう語る。

「キミにとっての戦いは、それはもう命懸けだろうね。憎しみの交わる戦いは、決して楽しいものじゃない。だけどね、由美。ボクと環奈は、互いへのリスペクトを交えて戦っているんだ。そういう戦いは、案外楽しいものだよ」

 それはまさしく、真に闘争を愛する者の言葉であった。そんな風花をからかうように、環奈は一つ横やりを入れる。

「あはは、口先だけは大物だね。風花、あーしに一度も勝ったことがないのに」

「うるさいな。そのうちキミを追い抜いて見せるさ」

「そう。楽しみにしてるね。あーしを満たしてくれるのは、風花だけだもの」

 曲がりなりにも、彼女は最大のライバルの実力を認めていた。やはり彼女たちは、互いを尊敬した上で戦ってきたようだ。そんな二人の笑顔に見とれ、由美は少し考える。思考を巡らせる彼女に対し、風花はある提案をする。

「そうだ。キミもストリートファイトを始めてみないかい? キミの不思議な力なら、ボクや環奈にも勝てると思うよ」

 確かに、あの未知の力を用いれば、由美は凄まじい猛威を振るう戦士になれるだろう。しかしそうなった場合、一つだけ致命的な問題がある。

「私の力は、命を奪えます。この力は本来、競技に用いて良いものではありません」

 それが由美の懸念である。風花は己の後ろ髪をかきむしり、小さなため息をつく。

「……そっか。まあ、確かにそうだね。事情は知らないけれど、キミが特別な人間であることだけは確かだ。そろそろ、その事情とやらを知りたいんだけどね」

「私が事情を話さないのは、貴方たちのためです。貴方たちは何も知らないままで、自由を謳歌するべきですから」

「そう言われてもねぇ。ボクたちはもう、この船に片足を乗せたようなものだよ。今更後戻りをするくらいなら、知るべきことは知った方が良いんじゃないかな」

 そう――風花たちは、すでに何らかの事件に巻き込まれつつある。彼女たちは己の意志で追手と戦い、そして由美を匿った。そんな二人が今更になって無関係者を騙るのも、横車を押すようなものだろう。


 その時である。


 突如、武装した集団が現れ、三人を取り囲み始めた。

「見つけたぞ! 柊由美ひいらぎゆみ!」

「さあ……『忘却の遺跡』に戻るぞ!」

「観念しろ! 柊由美!」

 口々に声を張り上げた男たちは、風花たちに銃を向けた。風花はそのうちの数人を巻き込むように突進し、指示を出す。

「環奈! こいつらの相手はボクが引き受ける! 由美を頼んだ!」

 その言葉に従い、環奈は左腕で由美の体を抱えた。それから彼女たちは、風花を置き去りにしてその場から走り去る。


 風花は己の首元に苺の香りの香水をかけ、臨戦態勢の構えを取った。

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