追手

「あの娘を渡せ!」

「道を開けろ!」

「我々に敵うと思っているのか!」

 武装した男たちは、一斉に発砲し始めた。風花ふうか環奈かんなは俊敏に動き回り、銃弾を軽々とかわしていく。そればかりか、二人は少し慢心している様子だ。

「まあ待ってよ。ボクは汗をかいたばかりなんだからさ」

 そう呟いた風花は、ズボンの尻ポケットから、苺のラベルが施された香水を取り出した。そして己の体の節々に香水をかけ、彼女は笑う。


 そして、彼女の顔つきが変わった。


 直後、風花は男たちの方へと飛び出し、一丁の銃を奪い取った。彼女は男のうちの一人を捕らえ、彼の口の中に銃口をねじ込む。

「ここから立ち去りな。さもないと、キミの仲間のオツムが吹き飛ぶよ」

 一見、形勢は彼女にとって有利なものに見えるだろう。しかし、男たちは決して動じない。

「撃ってみろ。お前、人を殺したことなんかないだろう?」

「お前に、命を奪う覚悟はあるのか? 俺たちには、その覚悟がある」

「捨て駒のうちの一つが犠牲になったところで、何も困らないしな!」

 何やら彼らには、あまり仲間意識がないようだ。風花は生唾を飲み、自分が拘束している男の首を軽く折った。気絶した男は、無造作に崩れ落ちる。それから風花が周囲を見渡せば、銃口が全方位からこちらに向けられている。

「おいおい……これ、まずいんじゃないか……?」

 この瞬間、彼女の頬に一筋の汗が滴った。このままでは、彼女は確実に息の根を止められるだろう。

「撃て!」

 集団を率いる男の一声により、武装集団は一斉に発砲した。四方八方から飛んでくる銃弾は、今まさに風花を蜂の巣にする寸前だ。


 その時である。


 突如、風花の周囲は防壁に囲まれ、無数の銃弾を受け止めた。唖然とする彼女の隣には、先ほど逃げ回っていた少女の姿がある。何やら少女は、いつの間にか包囲網の中心に潜り込んでいたようだ。突然のことに、風花は怪訝な顔をするばかりだ。

「キミは一体……何者だ?」

「私は柊由美ひいらぎゆみ――ゲノマです」

「ゲノマ……?」

 それは彼女にとって、聞き慣れない言葉であった。しかし、今の二人は危機的状況にある。込み入った話をしている場合ではないだろう。防壁が崩れ落ち、彼女たちの姿は露わとなる。武装集団が射撃を再開すれば、今度こそ二人の命はない。


 その時、一台の車が彼らを跳ね飛ばしていった。


 車は風花たちの前に止まり、運転席の窓が開かれた。ハンドルを握っていたのは、環奈である。

「乗って! 風花! お嬢ちゃん!」

 風花と由美は深く頷き、後部座席の扉を開く。そして二人が座席に飛び乗るや否や、車は凄まじい速さで走り始めた。


 男たちは必死に立ち上がり、ポケットからリモコンのようなものを取り出した。彼らがボタンを押したのと同時に、空間に穴が開き、そこから宙を浮遊するバイクのようなものが次々と射出されていった。武装集団は各々の乗り物に飛び乗り、操縦桿を片手に銃を乱射していった。カーブミラー越しに彼らの姿を目撃し、環奈は驚きを隠せない。

「何、あの技術。まるで、近未来のSFみたいな……」

 何やらあの乗り物は、彼女たちの知る技術レベルを遥かに凌駕しているようだ。由美は手元に機関銃を生成し、それを風花に手渡した。風花は走行中の車の扉を開け、追手たちを目掛けて機関銃を乱射していく。

「まったく……厄介なもんだよ。急所を外さないといけないなんてね」

 この期に及んでもなお、風花は不殺の精神を貫いていた。一方で、武装集団は殺生を躊躇うような連中ではない。彼らをまくには、相応の目くらましが必要になるだろう。そんな時、環奈たちは交差点に差し掛かった。咄嗟の判断により、由美は後方を目掛けて眩い光を放つ。

「なんだと……!」

 男たちは驚いた。そして彼らが視界を取り戻した時、そこにあの車の姿はなかった。

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