ゲノマ・ゲーム

やばくない奴

全ての始まり

ストリートファイト

 街中の路上で、二人の女が睨み合う。

「今日こそボクが勝つよ……環奈かんな!」

 そう言い放ったのは、前髪に金のメッシュを入れた女だ。彼女は凩風花こがらしふうか――スポンサーのついた「戦士」である。三年前からストリートファイトが盛んになった日本では、戦士たちに広告効果がある。そんな彼女の目の前に立っているのは、戦士たちの中でも頭一つ抜けた支持を得ている女――石動環奈いするぎかんなだ。

「来なよ、風花。何度やっても、あーしは負けないよ」

 自信に溢れた受け答えだ。しかし環奈は、決して慢心していない。その余裕綽々とした言動に反し、彼女の眼差しは真剣そのものだ。


 そんな彼女の眼前に飛び出し、風花は拳を突き出した。環奈はその一撃を掌で受け止め、間髪入れずに膝蹴りを入れる。鳩尾に蹴りを受け、風花は鋭い痛みを覚える。無論、彼女に怯んでいる暇などない。いかなる強敵が相手であっても、ほんの一瞬の隙を突けば勝機はある。膝蹴りを放った直後の標的は、今まさに片足だけで全身を支えている状況だ。

「今だ!」

 咄嗟の判断により、風花は標的の足下を崩した。そして相手がその場に崩れ落ちるや否や、彼女はその倒れかけている体に馬乗りになった。風花の強烈なラッシュが、環奈の顔面に炸裂していく。しかし環奈は、そう簡単に敗れるような女ではない。

「へぇ、やるじゃん!」

 環奈は風花を巻き込んでその場に転がり、マウントポジションを奪い取った。風花の顔面に、俊敏なラッシュ攻撃が叩き込まれる。このままでは、風花が気絶するのも時間の問題だろう。


 しかし、彼女は決して手詰まりではない。


 彼女は環奈の足を手で押し、ほんの一瞬の隙を生む。この一瞬で、風花は相手の脚を下から抱え、体勢をひっくり返した。それから彼女は立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる。

「立ちなよ。さあ、ストリートファイトを続けよう」

 両者ともに、顔面が血まみれの有り様だ。しかし二人は、決して怖気づいてなどいない。むしろ、彼女たちは今まさに、この瞬間を楽しんでいるのだ。

「望むところさ!」

 そう答えた環奈は、満面の笑みを浮かべていた。その眼前では、風花もまた歯を見せて笑っている。それから数瞬の沈黙が生まれ、そして二人は再びぶつかり合った。両者の実力はおおよそ拮抗しており、俊敏かつ巧みな体術が発揮されていく。二人の女が息を荒げ、戦い、そして笑っている。これは傍目に見て異様な光景だろう。されど、それが「戦士」だ。それが、ストリートファイトである。


 風花たちが格闘に夢中になっているうちに、その周囲には人だかりが出来ていた。

「スゲェ! 風花と環奈だ!」

「アイツらのストリートファイトを、生で見れるなんて!」

「カメラ、カメラ! これはバズるぞ!」

 二人の戦士の戦いを前にして、観衆たちは大賑わいだ。沢山のスマートフォンやカメラに睨まれつつ、戦士たちは血飛沫を飛ばしていく。風花は宙を舞い、環奈の脳天にかかと落としを食らわせた。環奈は腰を落とし、瞬時に風花の腹に拳を叩き込む。両者の間に割って入れる者がいるとしたら、それは言うまでもなく猛者であろう。


 その時である。


「どいてください!」

 人込みを掻き分け、一人の少女がその場に駆け込んだ。彼女は肩で息をしており、その全身は酷く負傷していた。風花たちが唖然としたのも束の間、人だかりの奥から発砲音が響き渡る。人々が道を開けたところに姿を現したのは、銃を構えた男たちだ。


 もはや勝負を続けている場合ではない。

「勝負はお預けだね、環奈。こいつは、ただならぬ予感がするよ」

 そう告げた風花は、鋭い眼光で男たちを睨みつけた。

「そうだね。あーしたちの力、見せてあげよっか」

 環奈も臨戦態勢である。二人は何丁もの銃を向けられているが、まるで物怖じしていない。

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