二人の戦士

 それからというもの、二人の戦士は由美ゆみを匿うことにした。そして彼女に見守られながら、風花ふうかたちは毎日のようにストリートファイトに没頭した。様々な戦士たちが闘争する街中で、二人は今日も競い合う。

「ボクがいつも使っている香水のメーカーが、ボクのスポンサーになったんだ。負けるわけにはいかないね」

 風花は不敵な笑みを浮かべ、己の胸元に苺の香りの香水をかけた。

「あーしは半導体のメーカーを背負っているんだ。とびきりのブランド価値を持つメーカーをね」

 そう切り返した環奈かんなは、相手を睨みつけながら構えを取る。そして数瞬の沈黙を挟み、二人は激しくぶつかり合った。拳と拳、蹴りと蹴り、そして頭突きと頭突き――様々な攻撃が繰り広げられる路上は、まさしくルール無用のリングであった。観衆の多くはその光景に見とれているが、由美は半ば呆れている。

「毎日毎日、よくも飽きが来ないものですね……」

 そんなことを呟いた彼女は、己の手元にメロンソーダの缶を生成した。彼女はプルタブを開け、その中身を少しずつ飲んでいく。彼女一人が物静かな雰囲気を醸す中、風花たちは相変わらず全力をぶつけ合っている。そんな二人を取り巻く観衆は、次々と大声を張り上げる。

「頑張れ! 環奈!」

「負けるな! 風花!」

「やっちまえ、環奈!」

 両者ともに、それぞれの支持者を持つようだ。風花たちはほぼ同時に拳を突き出し、クロスカウンターを決めた。頭部に襲い掛かる振動により、二人はほんの一瞬だけ目眩を覚える。それでも彼女たちは体勢を立て直し、殴り合いを続行する。

「良い拳だね、環奈」

「ふふっ……やっぱりあーしを楽しませてくれる戦士は、風花だけだよ」

「そりゃ、どうも!」

 一発、また一発と、強烈なジャブやストレートが炸裂していく。血と汗を流しながらも、二人の戦士は依然として嬉々とした笑みを浮かべている。そんな彼女たちの有り様を前にして、観衆は度肝を抜かれるばかりだ。

「ありゃ、まるで修羅同士の争いだな」

「戦うことを心から楽しんでいる顔だな。血を流す瞬間さえも愛おしいと言わんばかりの……屈託のない笑顔だ」

「どっちも降参するようなタマには見えないな。いずれ、あの二人の戦いでどちらかが死ぬんじゃないか……?」

 観客さえも手に汗を握る戦いは、あまりにも壮絶なものであった。こうして風花たちの争いが繰り広げられ、数分が経過した。両者ともに重傷を負っており、肩で息をしている現状だ。おそらくこの戦いは、最後の一撃を当てた方が勝利するだろう。

「決着を、つける!」

 風花は渾身の力を籠め、前方に右ストレートを放つ。環奈はその拳の下に潜り込み、それからアッパーカットを繰り出した。顎に強力な一撃を受けた風花は、吐血しながら後方へと倒れた。そんな彼女を見下ろしつつ、環奈はカウントダウンを始める。

「十、九、八、七……」

 カウントが進んでいく中、風花は震える手足に力を籠めた。それでも彼女は、自力で立ち上がることすら儘ならない状態だ。

「六、五、四……」

 残された時間は、後三秒である。風花は息を荒げつつも、眼前の強敵を睨みつけている。このまま立ち上がれなければ、彼女の敗北は目の前だ。


「三、二、一、零」


――環奈の勝利だ。彼女は手を差し伸べ、風花が立ち上がるのを手伝った。白熱した試合を終え、両者ともに清々しい微笑みを浮かべている。

「次こそは負けないよ、環奈」

「望むところだよ、風花!」

 そんな思いを口にした二人は、観衆に見守られながらフィストバンプを交わした。

「風花! 風花! 風花!」

「環奈! 環奈! 環奈!」

 戦士たちが戦っていた路上は、黄色い声援に包まれた。


 そんな光景を前にして、由美は不穏な一言を呟く。


「次に選ばれるのは、あの二人かも知れませんね……」

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