12:イエロースライム

 これまでと変わらない20メートル四方の部屋の中で、これまでと変わって色が異なるイエロースライムに対して私は攻撃を開始した。


 イエロースライムが移動を終了した直後、中心核にしっかりと狙いを定めて、私は一気にステップインして腕を伸ばして槍をイエロースライムの中心核に突き刺した。


 小さな手応えを感じたと思ったらイエロースライムはすぐに消滅した。


 実にあっけない勝利だった。


 私は思わず心の中で「えっ?これでいいの?」と思ってしまう程だった。


 続けて2匹目も全く危なげなく倒した。イエロースライムが移動するのを待ってから槍を突き刺すだけでいいので、30秒もかからなかった。


 こんなにも簡単でいいのかと心の中でツッコミを入れながらも4匹全てを倒した。そして足元には黄色いスライムゼリーが出現した。


 黄色いスライムゼリーを手に取って匂いを嗅いでみると、青いスライムゼリーのフルーティーな良い香りとは別の、何というかコーンスープのような美味しそうな香りがした。


 私は何を思ったのかその場で黄色いスライムゼリーをひと口かじってしまった。


 数回咀嚼して飲み込んだ瞬間、得も言われぬ幸福感と満腹感が身体を突き抜けた。味は塩気と旨味があり濃厚なコーンスープのような味で、私はとても幸せで満ち足りた嬉しい気分になった。


 とりあえずそのまま空の部屋にいても仕方がないので元の世界に戻ったが、時刻はまだ朝の6時前だった。


 いくら初心者用のチュートリアルとはいえ、こんなに簡単なのはどういうことだと考えてみたのだが、やはりこれは私が最初の報酬アイテムの短剣をそのまま使っているのではなく、自作の槍を作って戦っているからだと強く確信した。


 恐らく短い攻撃距離範囲の短剣のままで挑んでいたとしたら、素早く動くイエロースライム相手に私はかなり苦戦していたことだろうということが容易に想像出来た。


 そもそもイエロースライムがこちらを探知できる距離にまで近付くことから始めなければならない短剣に対して、槍の場合はイエロースライムの探知距離圏外から攻撃出来るのである。しかもこちらは全身を使った体重移動の力を槍の先端に一点集中してダメージを与えることが出来るのである。


 高専時代でも力点や作用点の応用については機械工学でよく学んだので、これは十分に納得の行く極めて効率的で合理的な力の使い方だった。


 そもそも大昔の時代、歩兵の主要武器が槍であったことからもいかに武器として槍が有用であるか証明されているようなものである。


 私は最初の単なる思いつきがここまで自分に恩恵をもたらしてくれることに感激した。まぁ正直明かすと本当は敵に近づくのが怖くて、遠くから攻撃出来る方法はないものかと考えただけなのだが・・・


 ともあれ、まだ朝6時前という時間に今日の攻略を終了してしまったので、この後大分時間を持て余しそうで困ってしまった。


 とりあえずスーパーの開店時間まで槍とステップワークの練習でもしようかと思い、庭で身体を動かすことにした。


 今の自分はどの程度の体力があるのか、まずは助走無しで思いっきり前方にジャンプしてみたところ、7メートルはあろうかという距離を一気に移動してしまった。続けて後ろにジャンプしてみると、さすがに7メートルには届かず大体5メートルを超えたくらいだった。それでもおよそ普通の人間のなせるわざではなく、私はついニヤけてしまった。


 続いてその場で助走無しで垂直ジャンプをしてみたところ、5メートル程も上昇し、お爺さんの家の屋根よりも高く飛んでしまった。


 私はハッとして、今の姿を誰かに目撃されていないか素早く見渡しながら落下し着地した。


 そもそも人通りがほとんどなく隣家とも離れているので誰にも見られていないだろうとは思ったが、これはうかつだったと反省した。


 次に私は自分の筋力を試してみることにした。最近スライムがいる部屋の扉がとても軽くなったと感じたので、どの程度筋力アップしたのか試してみたくなったのだ。


 とりあえずどうやって筋力を試そうかと、庭の周りを見渡し、お爺さんの軽トラを押してみることにした。私は高専時代に既に普通自動車免許を取得していたので、いったん軽トラに乗り込んでマニュアル車なのでギアを1速に入れてサイドブレーキをもう一度しっかり引いて軽トラが動かないようにして、車から出て後ろに回り、後ろから軽トラを押してみた。


ズズズズ・・・


 ものすごく軽く感じた。タイヤはほとんど回っておらず、土の上にタイヤを引きずった跡が残った。私は押すのをやめて腰を曲げて軽トラのバンパーを掴んで軽トラを持ち上げてみたところ、なんなく持ちあがった。なんだこれと思うくらい軽く感じた。


 いよいよ私はこれはえらいことになったと思った。このままレベルアップし続けたら私はこの力を制御出来るのか、まともに生活出来るのか不安になってしまった。


 じっとしてると不安で頭が一杯になりそうだったので、私は今度は持久力を調べてみることにした。


 これまで全く庭掃除などしてこなかったので、雑草が伸び放題で正直酷い有様だったのだが、丁度良い機会だということで私は持久力を試すという名目で雑草刈りをすることにした。それも物置小屋にある草刈り機を使うのでも、お爺さんによって使い古された草刈り鎌を使うのでもなく、愛用の自作の槍を使って草刈りをすることにした。


 早速伸び放題の雑草を前に私は槍を薙刀のようにして右から左に薙ぎ払った。全く手応えもなく刃が届く範囲の雑草がまるでクラフト系のゲームのように見事に綺麗に刈り払われた。


 これは面白いと思い、私はひたすらに雑草を刈り続け、30分も経たずに庭の雑草は全て綺麗に刈り払われた。とはいえ刈り払われた雑草の背丈はまばらで、一面綺麗な芝生のように手入れされた庭とは程遠かった。


 ここまでやってもまだ朝の7時前という早さで、しかもまるで疲れていなかったので、今度は物置小屋からスコップを取り出して雑草の根ごと掘り返してやろうと思った。


 硬い地面にスコップを突き入れるとサクッとスコップが柄の半分まで埋まってしまい、私は慌てて引っこ抜いた。先ほど考えた心配、このままレベルアップしたら力が強くなりすぎて実生活に支障をきたすという心配が脳裏をよぎったが、とりあえず力を抜いてもう一度スコップを差し込んだ。


 まるで力は必要なくサクサクと地面を掘り返し、雑草の根と刈り取った草を埋めてパンパンとスコップで叩いて地面をならした。


 これがまた身体を動かしていると妙に気持ちが良くて、おまけにどんどん綺麗に整地されていくものだからますます楽しくなり、私は休むことも水分補給することも忘れ、延々とスコップのみで広大な庭の整地を行っていった。


 そうして気が付くと一面真っ平で草一つ生えていない綺麗な地面の広大な庭が完成していた。しかもまだ時刻は午前9時前で、さらに驚くべきことにまったくといっていい程疲労していなかった。


 自分はこんなにもスーパーマンになってしまったのかと、嬉しいというよりも少し気持ち悪くなってしまった。


 スーパーの開店時間までまだ時間があるので、どうしたものかと見渡すと、せっかくなので今度は物置小屋の後ろにある鬱蒼とした雑木林も綺麗にしようと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る