10:地道な作業
20メートル四方の部屋の中央に、まるで軽自動車並みの大きさのボススライムを前にした私は、長期戦を覚悟してじっくり自分のペースで攻撃することにした。
まずは試しにグルリと回って反対方向に移動した。果たしてスライムに背中とかがあるのか分からないが、そこで私はまた自分なりのリズムをとって、トントンとステップワークをし、相手は人間ではないのでフェイントが通じるとは思えないが、それでも相手の攻撃圏内に入ったり出たりを繰り返した。
やはりフェイントは通じないようで、まるで機械のように2メートルを割った距離に入れば腕が伸びてきて、2メートルを割らなければ腕は伸びてこなかった。
そこで私はこの2メートルの距離をいかに有効に使うのかが勝利のカギだと思い、どうすればこちらの危険度を下げて効率よく効果的にスライムを攻撃出来るか考えた。
私はこれまでと異なる槍の使い方を思いついた。これまでは左手を前に右手を後ろに持って足の踏み込みと同時に体重移動で両腕を前に突き出していたのだが、右腕の片手一本で槍の後端を持ち、身体は右側を向けた半身の構えをとり、まるでフェンシングのようなスタイルをとった。
そして半歩踏み込んで右手を伸ばし、サッと槍を突き入れてまたサッと戻ることを思いついた。
私はいきなり試してみることはせず、壁近くまで後退して片手で槍を持ちあげて突き刺すことが出来るのかやってみた。
これまでの私だったら到底出来なかったと思うのだが、2.5メートルの長さのステンレス製物干し竿の後端を片手で持ち上げそのまま前に突き出してまた戻すことが出来た。
いくら軽いステンレス製とはいえ、2.5メートルの長さのしかも先端に短剣をとりつけたものの一番端っこを掴んで片手で持ち上げるなど、よほどの膂力(りょりょく)の持ち主じゃないと出来ないはずなのに私はそれをやってみせることが出来た。
まさに突破口が開いた感じがした。
早速スライムに近付き、3メートルの位置で停止して右に半身の姿勢をとり右手で槍を構えた。その際腕の筋肉を温存するため槍の先端を地面に付けて重さを軽減した。
槍の長さは2.5メートルなので槍自体はスライムの察知範囲内に入っているのだが、スライムは反応しなかった。石を投げた時は反応したのだが、槍が近くにあるのには反応しなかった。どういう訳かは分からないがこれは私にとって好都合だった。
さらに私は近づきちょうど槍とほぼ同じ長さの2.5メートルの位置にまで近づいた。
そこから私は息を整えて、頭の中で槍を持ち上げると同時に右足を一歩前に突き出して右手を目いっぱい伸ばして槍を突き刺し、その際左手はバランスをとるため左斜め上に突き出すというまさにフェンシングの突きのような動きをイメージした。
心の中でトンッタンットンッタンッとリズムを刻み、「よしっ!」と思ったところで実行に移した。
トンッと前に出て槍を突き刺しタンッとすぐに引き戻したところ、やはり眼前にバスケットボール程の大きさのスライムの腕が迫ってきたので怖くて大きく後ろに飛びずさり尻餅をついた。
私は無様にも槍を落として両手を後ろについてしまった。これがもしも1対1の戦いじゃなかったら、もしも相手がもっと動ける相手だったら私はとっくにやられていただろう。
私はリュックのところまで戻り、大きく深呼吸をして水筒の氷水を飲んで頭を冷やした。
こんな事が出来る余裕があるというのだから、やはりここは初心者向け、まるでゲームで言うところのチュートリアルのようだと私は思った。
氷水を飲んだことで私は落ち着きを取り戻し、もう一度同じことを繰り返すことにした。
今度は自分を信じて被弾することも覚悟して、怖さで大きく後ろに後退せずに頭で考えた通りに行動することを誓って前に出た。
トンッタンッのリズムを何度も繰り返し、「よしっ!」と覚悟が決まったところで槍を突き出し元の位置に戻った。私は目力を込めて目の前に迫るスライムの腕から目を離さず耐えた。
スライムの伸ばした腕パンチの風圧がフルフェイスヘルメットのシールド越しに伝わってきた。
だがそれはあくまでも風圧であり、パンチが顔面にヒットしたわけではなかった。
よし!これを繰り返すぞ!と私は奮起して、あとはリズム感覚と距離間隔を間違えないように、最大の敵は自分がミスをすることだと心に念じて、自分もスライムのように機械のように正確に動くのだと身体に言い聞かせて実行した。
トンッ!タンッ!トンッ!タンッ!トンッ!タンッ!トンッ!タンッ!トンッ!タンッ!
5回繰り返しては小休止して腕の筋肉を休ませた。
果たしてこれで少しはダメージを与えているのだろうか?と私は少しだけ不安になったが、それでもまずはこれを繰り返すのだと信じ切ることにした。
しかし1時間以上繰り返したところでいよいよ右腕の前腕が悲鳴を上げて槍を落としてしまった。右腕の握力がなくなってしまい槍を掴むことすら出来なくなった。
私は止む無く後退し、ポケットに入れた普通のスライムゼリーを半分だけかじって食べた。やはりいつも通りの美味しさと爽快感が全身を駆け巡り、右腕前腕の筋肉疲労も一気に回復したので、私はトンッタンッのリズムの攻撃を再開した。
結構粘って頑張ったのだが2時間経たずにやはり腕の痛みに耐えかねて槍を落としてしまったので後退して残り半分のスライムゼリーを食べることにした。ついでなので昼飯を食べることにした。
部屋の角隅にて私の攻撃が効いているのか効いていないのかさっぱり分からない軽自動車並みに大きいスライムを見ながら、持参してきたパンとゆで卵を食べて氷水を飲んだ。
やはりここはまだまだ初心者用、というか初めての人向けのチュートリアルダンジョンなのだなぁとあらためて思った。普通こんな風にボス部屋でボスを眺めながらのんきに休んで食事をとることなどまずありえないからだ。
残るスライムゼリーは普通のが残り1個、濃い青のゼリーが4個ある。果たして足りるだろうか?そしてもしもこのまま倒せなかったらどうなるのだろうか?まさかボススライムが2体になるなどということはあるのだろうか?いや、恐らくそれはないだろう、部屋のモンスターを全部倒して空になった時に夜中にでも補充されるのだろうと私は考えた。といってもあくまでも仮説に過ぎないが。
1時間程昼食休憩した私は攻撃を再開した、果たして私の攻撃が効いているのかどうかさっぱり分からないので、初心者用チュートリアルならばモンスターのステータス画面など表示して欲しいものだと思った。
それでも我ながら馬鹿正直だと思う程にひたすら同じ攻撃を繰り返し、2時間程頑張って普通のスライムゼリーを食べて氷水を飲み、もはや攻撃というよりも単調作業と化してしまった動作を繰り返した。
さらに2時間が経過して最後の普通のスライムゼリーを食べて、ついでにバナナも食べて、すっかり氷が溶けてしまった水を飲んだが水筒の水はこれで空っぽになってしまった。
私はここで焦りを感じた。まさかこのまま倒せないのではないだろうか?そしたらこの後どうなるのだろうか?あれこれと良くないマイナス思考が思い浮かんできそうだったので、私は頭を振ってネガティブ思考を追い払い、まだ濃いスライムゼリーが4っつもあるから戦えると言い聞かせた。
そうしてすっかり今では呼吸と同じくらい自然と勝手に身体が動く動作を1時間以上繰り返していたところで、とうとうボススライムに念願の変化が現れた。
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