9:ボススライム

 私はまたしても大声で勝どきをあげた。新たに「槍使い」などというスキルが加わり、とても誇らしい気持ちになり、自作の愛する槍を高らかに掲げて喜んだ。これ程までに嬉しく勇ましい気持ちになったことなど自分の人生であっただろうか?


 今この瞬間私は「生きているんだ!」という充実感を味わった。


 そして足元を見ると濃いブルーのスライムゼリーと、胴体を守るプロテクターが出現していた。


「やった!やったぞ!防具が手に入ったぞ!」


 私は大喜びでプロテクターを手にして目の前に掲げてみた。


 一体何の材質で出来ているのか分からないが、軽くてとても丈夫そうな胴体全体を覆う白い色のプロテクターだった。


 そのプロテクターは首元から胸、背中、腹部、両肩に可動領域が確保されたもので、両脇が伸縮する素材になっており、上から被るようにして着るようだった。


 しばらくプロテクターを眺めてニンマリしていたが、気付けば既に正面の扉は開いており、私はニコニコしながら扉を通過して振り返り、扉が完全に閉じて元の世界が出現したのを確認してから、今日はこのまま家に戻ることにした。


 家に帰ってチャーハンの素を使って2人前分の炒飯を作り、フリーズドライのインスタント中華スープにお湯を注いで作って昼食を食べた。


 その後、手に入れた白いプロテクターをしげしげと眺めてから試着してみた。


 頭からスッポリ被ると、自動的にピタッと身体にフィットしたので、この辺りがいかにも異世界ファンタジーっぽいなと思わずニヤリとした。


 身体をねじったり腕を上げて脇を伸ばして身体を横に曲げたりなど、色々と動いてみたがまったく動きが疎外されることもなく、裏側にクッション素材が取り付けられているので柔らかくて着心地が良く、そして何より軽かった。


 もちろん最も大事なことは防御力なのだが、気のせいかもしれないがとても守られてる感がして安心だった。


 私はまるで子供のように大はしゃぎで、夕食の時間までずっとプロテクターを着込んだま槍を持って動き回り、明日が待ち遠しくて仕方がなかった。


 その後珍しく風呂に浸かりながら鼻歌を歌う程に上機嫌で、今日はワクワクし過ぎてなかなか寝付けないのではないかと心配したが、布団にもぐってすぐに私の意識は遠のいていった。


 明けて翌朝、どんぶり茶碗に昨夜の残りご飯をたっぷりよそってお茶漬けの素をふりかけた上にお湯を注いだ朝食を食べ、厚手のトレーナーの上に昨日獲得したプロテクターを着込んで自作の愛用の槍を手にして、今日も元気に足取りも軽く鼻歌交じりで新たな部屋へと挑むことにした。


 古墳の洞穴を通過し、もはや見慣れた青黒い石の通路を進み、やがて目の前に現れた扉のうち今回も向かって左側の扉だけを開けたのだが、昨日よりも大分軽く感じたので驚いた。


 部屋の外から中の様子を伺ってみた瞬間、私は思わず「エーッ!?」と声を出してしまった。


 そこにいたのはなんと軽自動車並みの大きさのスライムだったのだ。


 20メートル四方程の部屋の中央に巨大な青いスライムが1匹だけ鎮座しているのがハッキリと見てとれた。


 さすがにこれには驚いて、なかなか中に入る決心がつかなかったので、しばらく様子を見ることにした。しかしいくら待ってもスライムはそこから全く動かないので何も情報は得られなかった。


 私はいったん元の世界に戻って、目につく限りの石をリュックに入れてからスライム部屋へと戻った。


 部屋の外からスライムめがけて思いっきり石を投げ入れたところ、スライムの身体の表面が腕のように伸びて石を叩き落とした。その際なんと石は木っ端微塵に砕け散った。


 続けて3っつくらいの石を握って同時に投げつけたところ、スライムの身体の表面から3本の腕のようなものが伸びて同時に叩き落とした。


 私はもう一度家に戻り、これは長丁場になりそうだと考え、まずは台所でゆで卵を作って、リュックの中にパンとゆで卵とバナナと氷水を入れた水筒とこれまで取得したスライムゼリー全部とタオルを入れて、さらに一応予備の武器としてツルハシも持ってヨシッ!と自分に喝を入れてボススライムに挑むことにした。


 部屋の前に立つとやはり巨大なスライムの存在感の圧が凄くて部屋の中に入るのがためらわれたが、頭を振って恐怖を追い払い意を決して部屋の中に飛び込んだ。


 すぐに最も遠い部屋の隅へと走り、荷物を置いてスライムゼリーを最初のやつと濃い色のやつを一つずつ左右のポケットに入れて、水筒の氷水を一口口に含んでから槍を構えた。


 真正面からスライムを見ると距離感が狂うので、スライム全体を見ながらも足元を見て距離を測り、まずは5メートルの位置にまで近づいた。


 いつでもバックステップ出来るように警戒しながらその場でじっとして様子をうかがうと、どうやらこの位置ではまだ攻撃はしてこないらしいということが分かった。


 私は警戒しながら少しずつスライムににじり寄った。やはり正面を見ると距離感が狂い、目の前に青く透明な壁が立ちはだかっているようだった。


 4メートルの位置にまで近づいてもスライムは反応せず、もしかしたらスライムが対象物だと察知する距離はこれまでと変わらないのではないかという考えが頭をよぎった。


 私はさらに3メートルまで近づいた。ここまで来るとそら恐ろしいの一言で、これまでにない冷汗が流れてくるのを感じた。いつ攻撃してくるか分からない恐怖と闘いながらしばらくの間3メートルの距離のところで停止し続けた。


 やはりどうやらこれまでと対象物察知距離は同じのようだと私は確信した。これまでドロップアイテムとして手に入れたのが、短剣と胴体を守るプロテクターとスライムゼリーということから、近距離でスライムの攻撃を躱したり受け流したりして、被弾した場合でも落ち着いて距離をとってスライムゼリーで体力を回復しながら戦えば攻略可能な設定にしているのではないかと考えたのだ。


 つまり私はちゃんと攻略の糸口を用意しているのではないかという結論に達したのだ。


 だとしてもそれは一体誰が何のために?


 私はその点について考えるのは今ではないと頭から追いやり、それならばと息を整え軽くトントンとジャンプしてステップワークを開始した。


 自分の中で心が落ち着くまでリズミカルに動き、だんだん調子がととのってきたと思ったところで前後にステップし始めた。


 最初は少し怖かったがやはり2メートルを割らなければ攻撃してこないことが分かり、いよいよ私は相手の射程圏内に入ってみることにした。


 サッと入った瞬間にすぐさまサッとその倍は後退した。一瞬だけ遅れて腕の様に伸びたスライムがさっきまで私がいた場所の空を切っていた。


 これまでは3メートルの距離ならば私の攻撃圏内で腕を伸ばせば槍の先端がスライムの中心核を捉えることが出来たが、今度のスライムはさらに大きくて中心核も身体の奥にあるので、2メートル以内に入らないと届かないだろうと思った。


 もしも槍ではなく短剣で挑まなければならなかったとしたらさぞや痛い思いをして苦戦したことだろう。


 ともあれ攻撃の糸口が掴めたので、私は出入りを繰り返しつつ中心核めがけて槍を突き入れることにした。


 まずはサッと入ってパッと後退するのを2回繰り返し、3回目は後退すると同時に槍を突きだしながらダン!と勢いよく入って感触を確かめることなくすぐに後退した。


 目の前にバスケットボール程の大きさのスライムが伸ばした腕が迫り私は思わず顔を背けて目を閉じてしまったがヘルメットに軽く触れただけで間一髪ダメージを受けずに済んだ。私はさらに後退して呼吸を整えた。


 スライムの中心核がどうなったか目を凝らして見たが今一つ分からなかった。


 私はやはりこれは長丁場になりそうだと覚悟を決めた。

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