7:スライムゼリー試食

 私はゆっくりと足音を立てずに残る1匹のスライムに進行方向とは逆の方向から近づいていき、4メートルの位置にまで近づいてから槍を構えて、今度はジリジリと距離を縮めていった。


 3メートルの距離まで近づいたところで中心核に狙いを定めた。スライムはバランスボール程の大きさになっているので中心核も大きく狙いやすかった。


 しかしもしもこれが槍じゃなく短剣のままで挑んでいたとしたら、スライムに接触する程接近して腕を差し入れないと届かなかっただろうと思った。


 私はやはり自分のアイディアは大正解だったと満足し、そのまま自作の槍を中心核めがけて思い切り突き刺した。


 今度はバックステップすることなくそのままその場所に留まり続けた。


 スライムはベチャリと大きな音を出して潰れていきながら消滅していった。


 そして消滅した跡にはまたしてもスライムゼリーが出現した。


 てっきり大きなスライムゼリーが出現するかと思ったのだが、大きさは前回のと変わらず大福ほどの大きさだった。しかし一目見てすぐに分かる程に色がかなり濃かった。


 背後で扉が開く音を聞きながら、私はそのスライムゼリーを手にして観察してみると、手にした指が薄っすらとしか見えない程に色が濃く、さらに良い香りのするフルーティーな匂いも以前のものより一層強く感じた。


 私は恐らくこれはより効果の高い回復薬のようなものではないかと想像してニンマリしながら、正面にある扉が開くかどうか試すことなく、後ろを振り返って元来た道を戻っていった。


 その後はまたしても他にやることもなくヒマを持て余したので、槍を構えて何度もヒットアンドアウェイの練習を繰り返した。私は既にこの時点で明日が待ち遠しくてたまらなかった、こんなにも明日が来るのが楽しみな気持ちは小さな子供の頃でもそうそうなかったような気がした。


 翌朝も私は張り切って自作の愛する槍と共にスライム討伐に出かけていった。この槍があれば私は無敵だという程に大船に乗った気持ちで自信満々に足取りも軽く進んでいき、心なしか重たい扉すら少しだけ軽く感じる程だった。


 このまま今日も危なげなく倒すのが少しもったいない気がして、私は槍を置いてスライムの攻撃を回避してみることにした。


 3メートルの距離までは大丈夫だろうと思い、いつでもステップ回避出来るようにして近づき、そこから今日は小刻みに出たり入ったりしてみようと思いついた。


 昨日の素振り練習の途中で、自分が助走もなくその場でパッとステップ出来る距離を何度も確かめたので、少しづつ近づく距離を調整しながらスライムの攻撃を回避出来るか確かめてみることにした。


 まずは2メートル程の距離にステップ移動して、着地と同時にすぐに大きく後ろに後退してみた。


 何かスライムが反応したかのように見えたが、それからの反応は特になかった。


 今度は1メートル50センチ程の距離にまでステップ移動し、すぐに大きく後方にジャンプした。


すると自分が後方にジャンプし終えたタイミングでスライムはこちらに向かって体当たりしてきた。


 自分はすぐに斜め後方にバックステップしたが、その必要はないことが分かった。スライムの体当たり移動距離は2メートル程度だったのだ。


 私はそれを確かめるべく何度も出たり入ったりを繰り返してみたところ、段々慣れてきてスライムの攻撃モーションと体当たりによる移動距離を把握することが出来た。


 そうして私は敢えて攻撃することをせずに、ステップワークだけを駆使してひたすら回避運動を行い続けた。


 10分程動き続けたところで私は気が付いた。スライムの動きが単調である理由は、もしかして短剣のみで戦う人のレベルに合わせているのではないかと思ったのだ。


 時折わりとスライムに触れられるほどにまで接近してみたのだが、それでもスライムの攻撃までにはごくわずかにタイムラグがあり、恐らくその間に少しづつ短剣でスライムの中心核にダメージを与えさせる意図があるのではないかと思った。


 だとしたら自分は槍で戦っているのでその時点で短剣で戦うよりも有利であり、危険度リスクも低いということがはっきりした。これは精神的に大いにラクになり、あれこれ考える余裕が出来た。


 そうして私はさらにステップ移動で出たり入ったりを繰り返してスライムの攻撃を躱し続けた。


 私は汗だくになり息もあがり、だんだん足が重くなってきたが、そんな私に付き合うかのようにスライムの動きも大分緩慢になってきて、攻撃までの間が3秒程もかかるようになり、ステップしなくても歩いて余裕で避けることが出来るようになった。


 私はいよいよスライムの中心核めがけてパンチを繰り出してから歩いて左右に避けるということをやり始めた。しかもその合間には水筒を片手に氷水を飲むという余裕すらみせた。


 さらに時間が経過したところでとうとうスライムは全く動かなくなった。そこで自分も後ろに下がってスマホを取り出して時間を確認してみたところ時刻は午前8時を回っていることが分かった。朝6時頃からスライムに挑み続けて大体2時間程度も経過していたことになる。


 スマホをしまった私はもう一度スライムに近付いたがスライムは全く動く気配がなかったので、私は大胆にもスライムの中心核めがけてパンチを連打した。


 ボヨンボヨンと揺れ動くだけでまったく中心核にダメージを与えていないのが分かるが、スライムは私に打たれ放題打たれたままで、まったく動くことはなかった。


 さすがに私の方が疲労して腕があがらなくなったので、これは埒が明かないと思い、後ろに戻って槍を手に取り、サクッとまったく力を込めることなく中心核を貫き通した。心なしかスライムはこれまで以上にグッタリしたように潰れながら消滅した。


 かなり疲労したので、私はいったん壁際まで下がって小休止することにした。まだ昼前だが結構腹が減ったのでどうしたものかと思ったところ、私はあることを閃いた。


 スライムゼリーを食べてみたらどうなるのだろうと思ったのだ。


 今リュックの中には最初のスライムゼリーが4個と、色の濃いスライムゼリーが1個ある。少々もったいない気がしたが、最初のスライムゼリーを食べてみることにした。


 リュックの中から最初のスライムゼリーを取り出してしばらく眺めてから、半分だけかじってみることにした。


 まさにモチのようなもっちりした歯ごたえで、とてもみずみずしくて爽やかな甘味と酸味が入り混じったなんとなくソーダ味のようなゼリーだった。


 ゴクンと飲み込んだ途端、スーッとした間隔が喉を突き抜け、まるで頭からつま先まで身体中に力がみなぎってきた感覚がして、さっきまで感じていた疲労感と空腹感はきれいさっぱりなくなっていた。


 かなり気分爽快になったので、1匹目の時と同じようにみっちり2時間以上かけて手ぶらでひたすら回避行動を取り続け、スライムのスタミナが切れて全く動けなくなってから槍の一突きでとどめを刺した。


 これまでの戦闘で私は最小限の動作で回避をとることが出来るようになっていたのでそれほど疲労することもなくスライムを倒すことが出来た。


 ここまで圧倒的な勝利に私は大満足して、今日の戦いを終えることにした。

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