6:自作の槍

 私は何度か素振りとイメージを繰り返したところで「うん!」と強く頷き、細い小さな木に対して短剣を斜め下に振り下ろそうと決めた。


 何度も呼吸を繰り返して、気分を集中させ「ここだ」と思う瞬間が来るまで焦らず待った。


 やがて頭の中で「ここだっ!」という確信が来たので、私は「エイッ!」と声をあげて右斜め上段から左斜め下段へと一気に短剣を振り下ろした。


カッ!


 短剣がイメージ通りの軌跡を描いた後に一瞬遅れて小さな細い木が真っ二つに切断されて落ちてきたので私は慌ててバックステップで後ろに下がった。


 少しの間頭の中が真白になり呆けていたが、すぐに二つの事実に気が付いて驚くことになった。


 一つは手応えが驚くほど少なかったこと、そしてもう一つは自分が後ろに跳躍した距離のことで、3メートル以上も何の助走も予備動作もなく後ろに移動していたのである。


 私はあらためて切り落とした細い木に近付いて切断面を確認した。生木の良い匂いがして、まだ潤いが分かる切断面を見て木に対して申し訳ない気持ちになったが、それでもおよそ直径15センチはありそうな木を一振りで切り落としたことに満足した。


 短剣の刃渡りは40センチ程あったので、次はそれくらいの直径の木を切ってみようと思ったが、それよりも別の事を思いついた。


 私は庭にある物干し台に近付いてステンレス製の物干し竿を見つめた。そして短剣を上段に構えて、自分の頭の位置の高さにある物干し竿の先端に真っ直ぐ振り下ろした。


キンッ!


 小さな甲高い音がして、ステンレス製物干し竿のゴムカバーで覆われていた先端は切り落とされた。


 私は短剣の刃を注意深く観察したが、刃こぼれしているようには見えなかった。


 そしてステンレス製物干し竿の切断面を見てみると、非常に美しく切断されており、思った通りパイプ状の空洞になっていた。


 そこでようやく私はステンレス製物干し竿を手に取り短剣を鞘に納めてから短剣の柄(つか)をパイプに当ててみると、結構良い感じにおさまりそうなことに喜び、使い古しの雑巾タオルを持ってきて水に濡らしてギュッと潰して短剣の柄にきつく巻いてステンレス製物干し竿の中に結構力を込めて押し込んでいった。


 そうして自作の槍が完成した。


 果たしてこのステンレス製物干し竿がどの程度強度があるのか、すぐにグニャリと曲がってしまったり、せっかく手に入れた短剣がスッポ抜けてしまったりしないか不安があったので、少し試してみることにした。


 先ほど切り落とした細い木のまだ地面から生えている部分に向かって今度は即席の槍を突き通してみたところ、あっけなく槍は木を貫通した。


 最初短剣が木を刺したという手応えはほとんどなく、短剣の刃が木を突き抜けて短剣の鍔の部分が木にぶつかったところでようやく手応えを感じたのだった。


 短剣の鍔の部分で止まるのでこれなら短剣がスッポ抜けることもなさそうだし、今の力加減でもステンレス製物干し竿はグニャリと曲がることもなかったので、これなら結構イケそうだと思い、あらためてもっと太い木を探して試してみることにした。


 木に近付いて短剣の刃渡りと同じ位のそこそこ大きな木にあたりをつけ、3メートル程離れた位置に左足を前に右足を後ろにして半身に構え、体重を乗せてヤッ!と腕を伸ばして槍を突き刺してみた。


 自作の槍は2.5メートル程はありそうで、さらに自分のリーチを伸ばしたので余裕で木に届き、やはり突き刺したと思った瞬間の感触は薄く、鍔が木にぶつかってようやくしっかりとした手応えを感じた。


 そのまま抜いても短剣はスッポ抜けることもなく、ステンレス製物干し竿も曲がることがなかったので私は満足し、その木に向かって間合いをつかむ練習も兼ねて何度か突き刺しを繰り返した。やはり木が可愛そうな気がして心が少し痛んだ。


 最初はその場に立って突き刺していたが、次はステップ移動しながら自分なりにヒットアンドアウェイを繰り返した。私は剣道もそうだが槍だって今初めて手にしたわけだし、そもそも武道や格闘技だってやったことがないので、何の基礎もない素人の動作だったが、それでも自分なりに考えてパッと動いては突き刺す練習を繰り返した。


 いつしか木の幹はズタズタになっており、ますます気の毒になったところで、木からミシミシという音が聞こえてきたので、私は自分でも何をするんだと考える前に体が勝手に動いて右から左に槍を薙いでいた。


 やはり何の抵抗もなく槍は薙刀のように水平に突き抜けて、そこそこ大きな木はゆっくりと倒れた。


 私は目の前で自分が今しでかしたことに驚き、少しの間をおいて凄いと感心感動した。


 これはイケるぞ!と自信がついたので、私はいよいよ大きなスライムに挑むことにした。


 早速いつもの装備を身に着けて、2.5メートル程の長さの自作の槍を手に古墳へと向かって行った。返す返すもここが人目に付くような場所じゃなくて良かったと思った。


 スライムのいる部屋に近付き中の様子を伺ってみると、相変わらずスライム2匹はあまりその場から動いておらず、その場で10分程スライムを観察し、動きのパターンを確認してから部屋の中へと入り込んだ。


 完全に部屋の中へと入ると、これまで通り扉は閉まった。


 私は向かって左側のスライムに対してまず5メートル程の距離まで近寄った。いつでもすぐにステップ移動出来るように用心してそこから少しづつ様子を伺いつつスライムとの距離を縮めていった。


 スライムとの距離4メートル、槍にスライムが反応するかと思っていつでも動けるように身構えていたが、特にスライムに変わった反応はなかった。


 それからさらに少しづつにじりよっていき、いよいよ私にとっての射程圏内である3メートルにまで接近した。


 私は静かに槍の先端をスライムの中心核に向けて狙いを定め、静かに音を立てずに息を吸い込み、「ここだ!」と自分に言い聞かせて迷うことなく体重移動して腕を伸ばし一気に槍を突き刺し、すぐに一切何も考えず瞬時にバックステップした。


 ベチャリという音が自分にもハッキリと聞こえ、スライムは潰れていくとともに消えていった。


 「やった!」と、私は声には出さずに心の中で叫び右手を槍から離して胸の前で強く握りしめて小さなガッツポーズをとった。


 自分でもこれ程うまくいくとは思わなかった。何せ一撃、それもノーダメージでバランスボール程もある大きなスライムを倒したのだ。


 我ながら短剣をそのまま使うのではなく槍にしたのは大正解だっと自分のアイディアを褒め称えた。


 消えたスライムのいた跡には何もなかったので、続けて残る1匹のスライムと対峙することにした。


 時刻を確認すると午後の2時ということで、まだまだ時間はたっぷりあるので、私はゆっくりと大きなスライムの動きを観察した。


 スライムは3分程じっとしてから次にブルブルと震えてピョンと移動した、その際進行方向の部分がへこんで縮んだように見えた。恐らく反動をつけているのだろうと推測した。


 そうしたことを大体3分から5分程の間隔で繰り返し、しかも右回りに一定の軌道を描いて動いているのが分かった。私はその間水筒に入れた氷水を飲みながら飽きもせず観察し続けた。


 1時間程が経過して、どうやらスライムの動きには一定の規則性が見られることが分かったので、私はいよいよ残る1匹のスライムを倒しにかかることに決めた。

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