4:試行錯誤
私は元来た道を辿り家に戻ってみたのだが、高揚感が冷めやらず足取りもどこか浮足立っており、まるで現実感というものがなかった。
玄関からではなく縁側に腰かけてプロテクターを外していったのだが、手足が震えてうまく外せず我ながら苦笑いした。
冬用のアウターも脱いだところで大汗をかいていることに気付き、季節はまだ春ということで少しだけヒンヤリとしてとても心地よかった。
そのまま縁側に横になり深く深く深呼吸をした。
目を閉じて息を整えていたところでおもむろに起き上がりリュックの中に閉まっていた青い透明な大福のような形のスライムゼリーを取り出した。
もう一度横になり、太陽に透かして眺め、ブヨブヨした手触りを楽しみ、鼻に近付けてクンクンとフルーティーな良い匂いを嗅いでニンマリとした。
これまで生きてきて、今この瞬間ほど私は生きているんだという感覚を味わうのは初めてじゃないかとすら思えた。
少しだけ、ほんの少しだけそのまま目を閉じて仮眠した。といっても15分程度で、寝冷えする前にしっかり目を覚まし、もう一度装備を整えて、再び古墳へと歩いて行きまたしても洞穴の中へと入った。
依然として洞穴の中は異世界と思われる青黒い石で覆われた通路のままで、私はまたこの世界に来れたことに安心してもう一度扉の方へと向かったが、扉は先ほどと同様に開いたままで、部屋の中に入ってみても扉が閉まることもなく、中には一匹もスライムはいなかった。
一応今度は部屋の中をくまなく見てみたが、特に気になるような箇所はなかったので私はまた家へと戻ることにした。
その日は夕食を食べるまでに合計2回程扉を確認しに行ってみたが、何も変わらないままだった。
そうしてその日は久しぶりにシャワーではなく、風呂に湯を張って入浴した。とても充足した気分でこれほどまでに心地良い気持ちで風呂に浸かったのも初めてじゃないだろうかと感動する程だった。
風呂上りに飲んだただの水道水もいつもより美味しく感じ、その後布団に入った時も実に気分良く幸福感に包まれながら眠りにつくことが出来た。
翌朝もすこぶる気分が良く、昨夜はいつになく早寝したものだから朝5時には目が覚めてしまい、腹も空いたので食パンをトーストして目玉焼きを作って食べたのだがこれまた実に美味しく感じた。
その後やはり居ても立っても居られず、昨日と同じ装備をしてすぐに古墳へと向かった。
外から見ると小さな洞穴で中もかまくらのような小さな空間があるだけなのだが、入ってみるとやはり昨日と同じくそこは全く別の世界へと繋がっており「やったぞ!」と思いながらはやる心を抑えつつ足早に先へ進んだ。
「やった!」今度は口に出して喜んだ。
思った通り扉は閉じていたのだ。そしてきっとこの中には昨日と同じようにスライムが4匹いるに違いない。私はそう確信して全力で扉を押した。
もちろん中には昨日と同じようにバスケットボール程の大きさの青いスライムが4匹いた。私は喜び勇んでスライムを倒しにかかった。
1匹倒すのに5分もかからず、危なげなくノーダメージで一撃で倒した。結局20分もかからず4匹全て倒してしまった。そして最後の1匹を倒したところでまたもや青いゼリーが出現した。
その後も昨日と全く同じで、元来た扉が開き、目の前の扉はどんなに全力を振り絞ってもビクともせず、仕方なく私は家に戻ることにした。
その日は数時間置きに何度も入って確認したが、やはり扉は開いたままで部屋の中もからっぽのままだった。
あまりにも早く攻略してしまったので、その後がとても退屈で長く感じ、他にやることがないのでツルハシの素振りとサイドステップによる回避運動を何度も繰り返した。
3日目の朝、今日は少し危険ではあるが試してみたいことがあるのでそれを試すことにした。それはスライムの攻撃を敢えて受けてみるというものである。
まずは3匹までを危なげなく倒し、最後の1匹になったところでツルハシを地面に置いて、持参してきた大きなフライパンを両手に構えて3メートル以上近づいたのである。
2メートルを割ったと思われるあたりで、スライムはこれまでと違った感じでブルブルと震え、案の定こちらにめがけて体当たりしてきた。
自分は左足を前に、右足を後ろにして踏ん張ってみたのだがフライパンごと吹き飛ばされて後ろにひっくり返った。
フルフェイスヘルメットをしていたので後頭部を石畳に打ちつけても全く問題なく、また胸にもプロテクターをつけていたので痛みはなかった。
即座に側転してゴロゴロと転がり、すぐに立ち上がってダッシュで逃げた。ある程度走ったところでサッと方向転換をしてさらに逃げて、部屋の対角線上の隅にまで来たところで振り返ってみたが、スライムは先ほどの位置からほとんど動いていないようだった。
自分はとりあえず落ち着いて呼吸を整え、どこか痛いところはないか確認したが、特に痛い所はなく、せいぜいフライパンを持っていた指が若干痺れたくらいだった。ちなみにフライパンも確認してみたが特にへこんでいるところはなかった。
フーッと一息ついた私は、もう一度スライムへと向かって行った。
もう一度スライムの攻撃を敢えて受けるべく、フライパンを両手に構えてスライムへと近付き、またしてもスライムの体当たりを食らって、今度は尻もちをついた。
時間はタップリあるので、そんなことを何度も繰り返した。徐々にこちらも慣れてきて、うまくタイミングを合わせて後ろに飛んで威力を弱めたり、さらに何度もやると横に逸らして跳ね返すことが出来るようになった。さらにそれも繰り返して今度は避けることに成功し、いよいよフライパンなしで避け始めた。
攻撃パターンとスライムの体当たり速度、そして何より恐怖心を克服したことによって冷静にスライムの動きを見ることが出来たのが大きかった。
結構楽しいのでしばらくそのまま避け続けたのだが、さらに試してみたいことが閃いた。それは素手でスライムを攻撃してみるということだった。
試しに回避した直後にまだ空中にいるスライムにパンチを繰り出してみたがボヨンという感触があるだけでダメージを与えたという手応えは何もなかった。他にもスライムが着地したところですかさずキックをしてみたがやはりダメージを与えた手応えはなかった。
何度も繰り返してみたがどうにもダメで、諦めかけていたのだが、そのうちスライムの動きが遅くなり、やがては動かなくなってしまった。
自分もかなり息が上がって汗だくの状態だったので、恐らくスライムはスタミナ切れを起こしたのではないかと想像した。
そして自分は意を決してジャンプしてスライムの核めがけて思いっきり足を踏みつけた。
ゴリッという手応えというか足応えと共にスライムは消滅して消えた。すると足元の横に青いスライムゼリーが出現した。
何という達成感、私は思わず両手を握りしめて「やったぞ!」と万歳した。
今ので大分時間が経ったことだろうと思ったのだが、リュックに入れていたスマホで時間を確認してみたところ20分も経っていなかった。
結局その日も大分時間を持て余すことになり、ひたすらツルハシの素振りと回避運動の練習に明け暮れることになった。
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