3:初めての戦闘

 私の身体が完全に部屋の中に入ったとたん、ズズズと私が苦労して開けた時よりもかなり速い速度で扉は閉まってしまった。


 私はさすがにこれはしまった!と思った。もっと他に色々と考えて試すことがあったんじゃないのかとあれこれ目まぐるしく頭の中を駆け巡ったが、すぐに思い浮かんだのはパンと水とかの食糧を持ってくれば良かったという実に間の抜けた考えだった。


 他にも何かスライムのエサになりそうなものでおびき寄せられないだろうかとか、何か物を投げつけてこちらにおびき寄せるなど、部屋に入り込んでしまった後の今となっては時既に遅しといったアイディアが次々と閃くのであった。


 とにかく私は一目散にスライムと距離をとって最も遠い部屋の角の隅へと逃げた。


 もしもこの部屋に何かしらのトラップなどが仕掛けられていたら私はただでは済まなかっただろう。


 部屋の隅を背中に息を整え目を細めてスライムの様子を伺うと、特に私に気付いた様子もなくブルブル震えたかと思うとピョンと小さく移動した。


 私はその様子をじっと見続けた。何時間も見続けたような感覚を味わったが、実際には10分も経っていなかった。


 私は意を決してツルハシを構え、フルフェイスヘルメットの透明スクリーンをおろし恐る恐るスライムへと近づいた。


 どちらが前なのか全く分からないが、それでも自分では側面から近づいているつもりだった。


 スライムまでの距離、およそ5メートル・・・さらに近づくこと4メートル・・・いつでも横にステップして躱せるようににじり寄りさらに距離をつめた。


 厚着しているせいもあるが、ツルハシを握る革のグローブの中は汗ばんでいたが、グローブをしていて正解だった。もしも素手の上ならば滑ってツルハシを落としかねなかった。


 さらに近寄ること3メートル・・・私は若干ツルハシを斜めに振り上げた状態にして、動きを止めてスライムの様子を伺ったが、5秒ほど待ってもスライムはこちらに向かってくることはなかった。


 私の予想ではそろそろ自分が近づいている方向とは逆の方向にスライムは30センチ程移動するはずだった。


 果たしてスライムはその通りブルブルと身体を震わせてから反対方向へとピョンと飛んで移動した。


 私はそれを合図にすかさずスライムに詰め寄り、ツルハシを振りかぶって中心核めがけて振り下ろした。


 ブヨンという手応えの後にガチンという音がした。私は思わず目をつぶってしまっていたので、てっきり空振りしてツルハシが地面を叩いたのだと思ってすぐに横に転げるようにして逃げた。


 確認することもなくスライムに背を向けて脱兎のごとく無様にも逃げ出して途中で横にサッと方向転換して逃げてからようやく後ろを振り返った。


 するとなんとさっきまでいたスライムがつぶれてペチャンコになっているのが見えた。


 私は目を大きく見開いてよく観察した。


 明らかにスライムはペチャンコになっていて全く動く気配がなかった。私は自分でも何故そうしたの分からない程に大胆にも急ぎ足でペチャンコスライムに近づいた。


 足元から50センチという距離にまで近づいてよく見ると、まだかろうじて息があるような雰囲気で上下に揺れていた。


 少しだけ可哀そうな気がしたが、ごめんねと言って自分はもう一度中心核に向けてツルハシを振り下ろした。


 今度は目をつぶらずにしっかり狙いを定めてツルハシを振り下ろしたので、ツルハシの先端は中心核を貫いた。


 その後硬い石畳の地面の上にぶつかったのでガチンという手ごたえがあり、結構手のひらが痺れた。


 するとスライムは霧のようになってその場から消えてなくなった。後には何も残らなかった。


 私は心の中で「やったぞ!」と叫んだ。だが口に出して叫ぶのはやめて、すぐに他のスライムの様子を見た。


 残る3体のスライムはこちらに向かってくるでもなく、まるで何事もなかったかのように変わらぬままの状態だった。


 私は息を整えて静かに目をつむり、身体のどこかに異常がないか確認し、どこにも異常がないことを確認するともう一匹のスライムへと近づいた。


 先ほどと同じように5メートル程の距離にまで近づいてから慎重にいつでもサイドステップ出来るように少しづつにじり寄った。


 先ほどと同様にして、3メートルの位置にまで近づいて停止し、もう少しで反対方向に向かって小ジャンプするだろうと待ち構えた。


 するとやはり同じようにピョンとジャンプしたので着地と同時に今度はしっかりと中心核を見据えてツルハシを打ち下ろした。


 またしてもブヨンという手応えの後にカチン!という結晶の手応えが続き、さらに続いてガチン!と石畳にぶつかって痺れる感覚が伝わった。


 今度はすぐさま飛ぶようにして後ずさったが、みるみるうちにスライムは霧散して消滅した。そしてやはり何も残らなかった。


「やったぞ!」

 今度はつい口に出してしまった。


 ハッとしてすぐさま残る2体を見たが、やはり残ったスライムは何事もなかったかのようにそのままの状態を維持していた。


 この調子で残る2体もやっつけるぞという気分になり私はスライムへと近づいた。


 今度はいきなり3メートル付近まで近づいた。相当大胆な行動だと私自身も思ったが、これまでのスライムの移動予測からは反対方向にあたるので大丈夫だろうという考えがあった。


 そしてまた同じように移動するだろうと見計らっていると、思った通りに動いてくれたので、同じ手順でツルハシを振り下ろした。ガチンと地面を叩いた時の衝撃を嫌がって少しだけツルハシを振り下ろす力を弱めたが、それが仇となることもなく中心核を打ち砕いてカツン!と先ほどよりは弱い衝撃で地面を叩き手の痺れもこれまでよりはマシになった。


 スライムはやはり消滅し、後には何も残らなかった。


「よしっ!」

 私はさらに気分が高揚し、残る最後のスライムへと挑むことにした。


 これまでと同じように3メートルまで近づき、そこでスライムが動くまでじっと動かずに待ち続け、ピョンと移動したところで同じようにツルハシを打ち込んだ。


 中心核を打ち砕いた感覚が分かるようになり、思った通りスライムが消滅することを確認したところ、なんと今度は地面に何かが出現した。


「あっ!」

 思わず私は非常に期待のこもった声を上げた。


 果たしてそこには小さな丸い大福のようなものが落ちていた。といっても色はやはり透明な青い色で、私は何の警戒心もなくその青い透明な大福を手に取った。


 それはブヨブヨしていてなんというか小さいスライムというかゼリーのような物体だった。


 またしても実に不用心なことに鼻を近づけてフンフンと匂いを嗅ぐと何かフルーティーな良い香りがした。


 何となくこれはもしかしたら食べると体力が回復するとかいうものじゃないだろうかと思った。


 とはいえすぐに口にすることはなく、とりあえずリュックに入れようとしたその時、背中側の扉が開く音が聞こえた。


 それはこれまで来た方角の扉であり、目の前にある扉ではなかった。


 私はなるほどと、この部屋を攻略したから扉が開いたのだろうと得心がいった。


 そして背中側の開いた扉ではなく、正面方向の扉に向かって歩み寄り、試しに思いっきり力を込めて扉を押してみた。


 しかし目の前の扉は今度は全くビクともせず、動く気配は皆無だった。


 私は何となくまだ次に進むのは力量不足なのだろうという気がして元来た方向に戻ることにした。

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