3分
奈月沙耶
*
アカリには三分以内にやらなければならないことがあった。
約束の時間を守るためにはリミット三分で目の前の倍倍セットを食べ終えて店を出なければならない。
バイトの終わり時間が押して「少し遅れる」と連絡したのに「激おこ」スタンプが返ってきた。めんどくさい。
今日は一限目から四限目までみっちり講義だった。生活費にあてるためのバイトは欠かせない。仲間との活動や友人付き合いも欠かせない。令和の学生はまことに忙しい。ダルい、めんどくさい。
めんどくさいが、やっぱり大事なこともある。
早食いしやすいように倍サイズのポテトをトレイにぶちまける。手っ取り早くかぶりつくため倍サイズのハンバーガーを包み紙から全部取り出す。
両手で持ってがぶっと頬張った瞬間。はす向かいの席の男性と目が合った。口元をゆるめて笑っている。
恥ずかしさに頬が熱くなったが、男性の向かいに座っている小奇麗な巻き毛のロングヘアを視界に認めたとたんにすうっと冷めた。
なにこっち見てんだよ、クソが。カノジョだけ見てろよ。
リア充カップルに笑われたところでなんだというのだ、こっちは忙しいのだ。
倍サイズのバーガーとポテトとコーラを三分足らずでたいらげ、アカリはすっくと席を立った。
リコには三分以内にやらなければならないことがあった。
成田空港行きのバスが三分後に出発する。カナタはまだ友人たちに囲まれて別れを惜しまれている。
輪の外から見守るリコの瞳はうりゅっと潤みっぱなしだ。あと三分でお別れ。たった三分。もう三分足らずでカナタを思い切らねばならない。
ナショナルジオグラフィックに掲載される写真を撮ることが目標のカナタ。一時のムーヴメントで終わらせないよう気候変動の恐ろしさを訴え続けたいと熱く語っていたカナタ。
そんなカナタに影響されて始めたことは数知れず。今のリコの生活リズムは74パーセントがカナタからの影響でできあがっている。
そんなリコを「昭和の女」と友人たちは揶揄する。否定はしない。カナタとサヨナラしたなら「着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編んでます」になる自信がある。
だけど。「昭和の女」寄りだとしても、実際には平成生まれで令和を生きるZ世代なリコは「待つ身の女」にはなれない。待つ時間がもったいない。
だから今この場で、カナタを思い切らねばならない。
「リコ!」
おいで、と腕を広げるカナタ。うりゅうりゅっと涙をこぼしてリコはカナタに歩み寄る。
「元気でガンバレ」
頭ポンポンされて涙腺が崩壊した。
「出発しますよ~」
無情な声に引き裂かれカナタはバスに乗り込む。
アデュウ、私の青春。涙と鼻水だらけの顔をタオルで雑に拭かれながらリコはバスを見送った。
「切り替えてこう、切り替えてこう」
友人がリコの背中をばんばん叩く。
「遅いぞ、アカリ」
ボードを広げて先にスタンディングを始めていたツキがぷんぷん怒る。
「ひとりで心細かったんだから!」
「ツンデレか」
自分もボードを取り出しながら、でもひとりで先に始めてるんだからエライよな、とアカリは密かにツキをリスペクトする。ヴィーガンだし。ファストフード店で早食いしてきたことは黙っていよう。
「ハイ! エブリワン、フライデー・フォー・フューチャー!」
笑顔で合流した仲間の中にまだ泣いているリコがいる。
「リコはなんで泣いてるの?」
「失恋失恋」
「失恋して泣くとか昭和の女」
「それな」
「リコ、カナタ先輩がいなくなるなら活動やめちゃうかと思ったよ」
「それはない」
鼻をすすって涙をおさめ、リコはトートバッグから段ボールを取り出して広げた。可愛らしい地球のイラストと「ストップ!! 気候危機」と書いてある。
「やっぱり、大事なことだし」
未来のための金曜日、学生たちは街頭に立つ。
3分 奈月沙耶 @chibi915
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