第2話 タイムリープ

 信長は眼を覚ました。白い天井が見えた。身体は横になっていて、何か柔らかい台の上に寝かされていた。


 横で女の声がした。


 「あら、眼が覚めたようね」


 顔を横に向けると・・・髪の毛が金色の女が立っていて、信長を見ながら笑っていた。若い女だ。女の隣には、若い男が三人立っていた。二人は黒髪、一人は女と同じような金色の髪をしていた。みんな、筒袖のような変わった形状をした、薄緑色の服を着ている。


 信長は半身を起こした。そこは、五けん四方ぐらいの部屋だった。窓はなく、壁も天井も白かった。床も白く、つるつるに光っていた。片側の壁だけが透明な『ぎやまん』の板になっていて、その向こうが透けて見えた。板の向こうでは、様々な『ぎやまん』を嵌め込んだ机に座って、多くの人間が働いているのが見えた。全員が、筒袖のような薄緑色の服を着ていた。その『ぎやまん』の壁の反対の壁には刀掛けがあって、信長の太刀とあの南蛮の鬢付びんつけ油の小びんが掛けてあった。


 部屋の中央には寝台が置かれていて、信長はそこに寝かされていた。信長は自分の身体を見た。彼も周りの人間と同じような筒袖の薄緑色をした衣服を着ていた。信長は身体をまさぐった。驚いたことに、あれだけ深かった肩や背、腰の刀傷が消えていた。


 金色の髪をした女が再び口を開いた。


 「初めまして。私はカニタ。識別コード番号はODB-82289369。今回のプロジェクトのリーダーです」


 信長はようやく口を開いた。


 「ここはどこじゃ?」


 カニタが笑いながら答えた。


 「今は西暦2615年です。と言っても、分からないわね。あたながいた天正10年からは、1000年ほど未来になります」


 「未来じゃと?」


 「ええ、あなたの時代から800年ほど経ったときに、タイムマシンが発明されたのです。タイムマシンというのは、時間を自由に行ったり来たりできる機械で・・・私たちはその機械を使って、あなたを天正10年の本能寺から救い出し、約1000年後の私たちの時代に連れてきたのです」


 信長は首をひねった。とても納得できる話ではなかった。彼はカニタの顔をじっと見つめた。


 「わしを救い出した?・・・何のために、わしの命を助けたのじゃ?」


 すると、カニタの横に立っていた、金色の髪をした男が口を出した。


 「それなんです。あっ、私はジェノ。識別コード番号はRMN-12060204です。私は歴史学者なんですが・・・27世紀、つまり、あたたたちの天正10年から1000年ほど経った現代でも、あの本能寺の変・・・あなたが明智光秀に襲撃された事件のことですが・・・あの本能寺の変がどうして起こったのかが謎のままなのです。それで、政府の学術調査部は、タイムマシンを使って、自害する直前の織田信長、つまり、あなたを本能寺から救い出して、直接、話を聞くプロジェクトを思いついたのです。それで、私が本能寺のあなたのもとへお伺いしたという訳なのです」


 信長はジェノを見た。


 「そちが、あのときの異形の者だったのか?」


 ジェノが首をひねった。


 「イギョウ ノ モノ?」


 信長は苦笑した。異形の者とは、自分から見た言葉だ。この若い男には分かるまい。信長は話題を変えた。


 「あの光秀の謀反を後世では本能寺の変というのか?」


 それを聞いて、ジェノが一歩前に進み出た。


 「はい、そうです。本能寺の変と呼んでいます。・・・で、本能寺の変が起こった理由、つまり、明智光秀があなたを裏切った理由については、定説が存在せず、多種多様な説があるのですが」


 ジェノはそこで言葉を切って、信長を見つめた。まるで、信長が何か言うのを待っているかのようだった。しかし、信長は何も言わなかった。黙って、ジェノの顔を見つめていた。


 ジェノは軽く肩をすくめると、話を続けた。


 「明智光秀があなたを裏切った理由なのですが・・・一般的には、明智光秀があなたに対して積もり積もった怨恨や不満を爆発させたとする怨恨説がよく言われています。しかし、この説には疑問点も多く、光秀があなたに恩義を感じていた可能性や、あなたが光秀を重用していた事実などが反論として挙がっているのです。この他にも、光秀があなたの天下統一の野望に反対したとする政治説、実は光秀があなたの家臣ではなく足利義昭の奉公衆であり、義昭の命令であなたを討ったとする義昭説や、あなたと敵対する勢力が光秀を使って、あなたを討ったという敵対勢力説などがあります。しかし、どれも決め手に欠けているのです。このため、本能寺の変は、日本の歴史の中で最大のミステリーと言われています」


 信長はジェノを見つめながら、黙って話を聞いていた。鋭い眼だった。ジェノは信長の眼の圧力に気押されながら聞いた。


 「で、信長さん。私たちは直接、あなたの口から聞きたいのです。明智光秀があなたを裏切って、あなたを討った理由を・・・」


 信長は長い間、口を開かなかった。ようやく、彼の口から絞り出すような声が出た。


 「そなたらは、わしを光秀から救ってくれた。その礼に教えてやろう」

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