第3話
美香が察して欲しいと中谷に目線で訴える。
質問に固まったままの透子と、横でそれ以上は言わないで的な表情で訴えている美香を見て、中谷は美香のリアクションに反応してくれた。
「野球といえば、最近、僕リトルの監督やってるんだ」
「監督?」
美香が必死でその話をつなげようとした。
「うん、僕がいたリトルの監督やっぱ年でさー、なかなか身体がいうこときないって。でも長年やっていたし、子供もそこがなくなるとチーム分散されるからしのびなくてさ」
「そうなんだ、大変じゃない」
「そうなんだよ、デートする暇ないんだ。先月それで、振られてんだよ」
「な……中谷君」
話を荻島関連から、そらしてくれたのはいいが、彼の自爆的発言に今度は美香がオロオロする。
「でもね、子供たち、凄く可愛くてさー、植田監督の気持ちちょっとはわかる気もした」
高校の時、美香の兄は野球部監督だった。
当時20代後半だったが、旧体制を変えて、人材には恵まれて、3度の甲子園出場を果たし、それまで古豪とはいえ、ぱっとしなかった野球部の成績を数年振りに押し上げた監督だ。
話しぶりから彼女に振られたことは、そんなに彼にダメージを与えていないようで美香も透子もほっとする。
「今度、よかったら見に来てよ」
「えー、見たいな、ね? 透子」
「う、うん」
「まじで? 連絡するね」
美香と中谷のやりとりをみていて、透子は美香と彼は意外にもお似合いかもしれないなと思った。
「で、詳しいことを今ききたいんですけど!?」
中谷に尋ねられて、美香は透子が確実にこの場にいないことを確認する。
2次会が〆られて、3次会まで付き合い、そこからまた別々で飲みなおしをするという状態になった時である。透子だけがタイミング良く化粧室に行ったのを見計らって、切り出した。
「荻島と藤吉さんは付き合ってたんだろ?」
「それがー付き合ってないのよ」
「何!? なんで!? 高校のとき、あんだけラブラブだったじゃん」
「あたしのせいもあるかも……」
「へ?」
「あたし、当時荻島君に憧れてたから、透子、いいだせなかったみたいで」
「そうなの!? マネージャー荻島狙いだったの!?」
「漠然と憧れてただけなんだけど、透子は遠慮しちゃって、荻島君に気持ちとかは伝えてないんだよ」
「ああああああ」
中谷は頭を抱えてカウンターにつっぷす。
「荻島も、携帯持ったし、連絡つけたんだろ?」
「1年目のシーズンオフに1、2回あったきりなんだって」
「おーぎーしーまー!! 何やってんだよあいつは!!」
「野球」
「……植田さんがそういう間髪いれずに突っ込むキャラだとは意外」
「あたし、透子に悪いことしちゃった」
「連絡いれない荻島が悪い、別に植田さんは悪くないよ。そんなん。藤吉さんも気を使いすぎ」
「だけど……」
中谷は軽く溜息をつく。
「実はさー年末あたりに、同窓会やろうって、話がもちあがってるんだ」
「!」
「荻島呼んだら盛りあがるだろうって、いう話でさ、幹事スタッフ募集してたんだよ、でもそれじゃあ藤吉さんはやりづらいだろうな……」
「うん……あ、でも、あれ、中谷君リトルはどうしてるの?」
「来月でリトルもシーズンオフだよ、自主練習主体で。まあクリスマス会が父母会が主催でやるかな、結構あれ、父母会のほうが力あるし」
「忙しくない?」
「ちょっとね」
「よかったら、何か手伝おうか?」
「いいの!? 彼氏とかデートとかは!?」
「ない。暇だからいいよ」
「おお!! 心の友がここに!」
それはそれでほんの少し、悲しいものがあるけれど、とりあえず美香は差し伸べられた手を握り返す。
「にしても、荻島……」
中谷はどうしたもんかと呟く。
「よし! 僕等の年代で野球部でプロ入ったヤツは他にもいるし、大学で野球やって、プロ入りした同輩とか後輩いたら声かけてもらって、荻島とのコンタクトをとるようにいってみるよ。同窓会に呼ぶっていうのもあったし、個人的に連絡がとれるなら、僕に回してもらうように云ってみる」
「中谷君!」
美香はガシっと握手の握力を強める。
その握手場面だけを見た透子が、2人に走る寄る。
「何、握手? デートの約束でもした?」
「あ、うん、中谷君が監督のリトル見にいくよって話」
「え!? そっち!?」
中谷が話していたのはその前の同窓会幹事のことなのかと美香は察した。
「もちろん、さっき云ってたのも、手伝うよ、その他にいろいろ期待している」
「うん、いろいろ期待して」
美香と中谷の会話が見えていない透子は、なんだか自分がいない間にいイイ感じになってるなあと思って、2人を見つめていた。
「リトルの方は、透子の方が断然戦力になりそうだけどね」
「何が?」
「だから、中谷君が監督ならさ、透子がコーチやれば?」
「できれば監督代理! いやー、そうしてくれると助かるけど、実際、藤吉さん忙しくね?」
「大丈夫、暇だから」
美香があっさりと答える。
「み、美香……あんたがなんでそこで、答えるのよ……」
「だって暇なのは事実だもん」
荻島のスポーツニュースをチェックして、スクラップファイルを作っているよりは断然いいと美香は思う。
それに、野球をやっている透子は、カッコイイ。
前向きで一生懸命で迷いはなくて、ボールに集中して、それは、どの野球部員もかっこよかったのを、美香は覚えている。
だから、彼が荻島が、透子に惹かれていた理由、今ならはっきりとわかる。
「いいじゃん、透子、子供好きじゃん」
「好きだけどさー」
「じゃあ、決定ね」
「……」
「あたしが、これから中谷君とデートするときは、透子が監督代理やってれば、問題無し」
美香の発言に驚いて、中谷は美香を見るけれど、それはさっきの同窓会の打ち会わせに乗じて荻島とコンタクトをとることなのだと思い直す。
「あーあーそうですか、そうですか、それは気がつきませんでした、喜んでやらせていただきます」
美香と中谷の気遣いを知らず、透子は2人が上手くいくといいなとぼんやりと思っていた。
その後、美香から連絡があって、透子は美香と一緒に、中谷が監督を務めるリトルリーグチームの見学に足を運んだ。
「バッチーコーイ!」
金属バットがボールをあてて、外野へ飛ばしていく。
もう秋も終盤でリトルの大会も大きな主催のものはない。
試合といえ隣接する地域で予定のないチームに打診しての練習試合が月1回で行われるらしい。
今週がその練習試合だとか。
グラウンドが近づくと、少年たちの声も大きくなって近づく。
「相手チーム強そうだねー」
「……」
透子はフェンス越しに相手チームのユニホームのロゴを見て驚く。
――――梅の木ファイターズ!
間違い無い。
ユニフォームはあれから12年近く経っているから、配色は変わっているけれど、ロゴは 変わっていない。
フェンスに指をかけて身を乗り出す透子を見て、美香は本当に野球が好きなんだなあと、最初思っていたけれど、どうやら、透子の様子が違うので尋ねる。
「どうしたの?」
「あたしと――――ヒデがいたチーム」
「ええええええ!?」
中谷が美香の声に気がついて、2人の方へ走ってくる。
「どうしたの?」
「あのね、あのね、中谷君、あのね」
「落ちついてよ、らしくないなあ、植田さん」
「透子がいたチームなんだって、対戦相手のチーム」
中谷は透子と、相手チームベンチを見比べる。
透子は相手チームの監督を見る。
監督は当時の監督ではなく、自分達と同年代で透子もよく知る人物だった。
「――――小柴さん……」
透子は小さく呟いた。
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