第2話



 厳かなBGM、薄暗い会場の奥の扉にスポットライトがあたり、白いウエディングドレスに包まれた花嫁と、タキシード姿の花婿が開かれた扉から現れる。

 緊張する~と披露宴前に美香や透子にこぼしていた彼女だが、今、幸せですの表情でひな壇に向う。


「先輩、素敵ね」


 美香が拍手をしながら、呟く。

 宮城野のドレスは、光沢が眩しいサテンで、式場のライトの反射もあり、より花嫁の輝かしさを際立たせていた。


 「うん。似合うね」

 「本人が一番自分の似合うものわかってるんだよね。マーメードラインのドレスにこだわっていたけど、それは正解」

 「美香をコーディネーター植田と呼ぶことにする」


 透子が云うと美香がクスクス笑う。

 宮城野のが着てるドレスは、先日の衣装選びで美香が強く押したものだ。

 彼女は父子家庭で育っていたので、相手の母親も仕事を持っている人で忙しく、衣装選びは後輩で付き合いの長い美香と透子で何時間もかけてレンタルを決めてきたものだった。

 司会の開宴の挨拶の後、媒酌人が新郎新婦の紹介と2人のなれ初めを語る。

 広告代理店勤務の新郎と、大手飲料水メーカー広報部の新婦が、出会って恋に落ち結婚に至るまで僅か半年という時間――――。

 その決断の早さに新郎新婦の両親や上司を驚かせつつも、本日の華燭の典を向えたことは、互いの気持ちの強さもあるのだと、媒酌人が語る。


 「まさに運命的な出会いでしょう」


 透子はひな壇の上にいる宮城野を見つめた。


 ―――――運命的な出会い……。


 出会って半年でその運命的な出会いを果たして、新しい人生を切り開こうとする先輩。

 透子は自分の運命が、ヒデに繋がってるとは確信できていない。

 周囲がいうように、自分にはヒデではない相手がいて、まだめぐりあっていないのかもしれないと、思い始めていた。

 音信不通の5年は長い。

 子供の時のように親の都合での離れ離れというわけではない。

 自分達の進路があっての別離だった。

 だから連絡は自分達の気持ち次第で続けていかなければ、途切れるだけ。

 ヒデへのメール。「怪我は大丈夫?」たった5年前のメールを最後にヒデからの連絡はぷつりと途切れてしまった。



 ―――――運命の相手か……。



 物心ついたころから、傍にいたヒデ。

 好きだという気持ちだけで、運命の相手ではないかもしれない。

 しかし、美香や宮城野からしてみれば、透子の状態は歯痒いの一言だろう。

 乾杯の音頭と共に、食事と歓談をうながされた。

 シャンパングラスの泡を見つめ、透子は溜息混じりに呟く。


 「美香にはいわないのにね」

 「何が?」

 「彼氏を見つけなさいとか、しつこくないでしょ」

 「それは、あれじゃない? 実はいそうにみえるんでしょ」

 「いるの!?」


 小声ながらも驚きは隠さず尋ねる。


 「いないです、なんかあれよね、同性だけじゃなくて、男性からもそう見えるらしいのよ」

 「損なタイプ~」

 「あたしはいいの、それよりも、透子が心配なの」

 「美香に心配されるようじゃ、あたしもおしまいだわ」


 前菜のテリーヌを口に運んで、再び大きく溜息をついた。

 それは会話や思考について出た溜息ではなくて、口の中に広がる上品で繊細な前菜の味に感嘆して零れた溜息ではあった。




 ホテルから離れた場所、しかし駅近の小さなイタリアンの店を二次会の会場に選んだらしい。

 とりあえず、2次会までいるけれど、それ以降は帰ると前もって宮城野には伝えてあった。

 披露宴ではやはり互いの会社の上司が列席していたが、2次会は同年の2次会を賑やかにやりたいと希望があったらしい。


 「そこでやっぱり動くのは新郎側の友人よね」

 「まあね、新婦の友人でこういうのしきるってきかないしね」

 「そこまであたし達にイベント力はないし」


 美香は頷く。


 「こういう場で普通は出会いにつながるようなもんだけど」

 「半分は前回の合コンで知り合ったメンバーよね」

 「おー藤吉さん、植田さん、先日はどうも」


 幹事役の人が話し掛けてくる。


 「ちょっといいですか? 手伝ってもらっても。ビンゴゲームの司会」


 美香は頷く。

 透子は任せたとばかりに会場の隅に移動して、2次会のメインのビンゴゲームを観覧することにした。

 幹事役の彼は美香のこと、結構気に入ってるように透子は感じるのだが、美香は常にニコニコしているだけで、想っていることが表面にでないタイプだ。

 新婦の中学時代からの親友達もいる。

 会社からきている人間も、透子だけでじゃなく何人かは先輩同輩がいるのだ。


 「藤吉さーん、あのこ、誰?」

 「はい?」


 1つ上の先輩が、美香を尋ねる。


 「福井のヤツがいいって連呼しているのよね~、式からずっと一緒だったじゃない、知り合い?」

 「ええ」


 笑顔で相槌は打つが、「福井さんが相手じゃなあ」と内心渋る。紹介しろという福井先輩は見た目は悪くないけれど、彼女を大事にしないことでわりと有名だ。大事な親友はまかせられないと、透子は思う。

 透子がどうしようかと逡巡していると、美香の前で、スーツ姿の男性が、声をあげていた。


 「植田……さん? 植田さんじゃん! マネージャー!! 久しぶり!」


 その声に透子ははっとして顔をあげる。


 「えーやー久しぶり! 中谷君じゃない!!」


 美香もキャーっと小さく叫んで、その男性と手をとりあって再会を喜んでいる。

 こんなところで、こんな偶然がと思う。

 後ろからでよくわからないが、多分、彼だ。

 高校時代、野球部にいたセカンドの中谷。

 透子は断る口実ができたので余裕もって、先輩を見る。


 「先輩、ちょっとだめみたい、たったいま、高校時代の知り合いと劇的な再会したようです」


 先輩もそれを見ていて頷く。


 「福井のヤツにはいっておく」


 指でOKマークを出して、そそくさと透子の傍を離れた。




 「透子! 透子! 中谷君だよ!!」


 ビンゴ大会はもう終盤で、誰が司会でもお構いなしの状態までもりあがっていた。

 美香は近くにいる女性にお願いして、司会をおりて、透子を手招きする。


 「藤吉さんも!? うわ、すごい偶然~!」

 「中谷君、なに、新郎の友人!?」

 「大学でのゼミの先輩だったんだよ」


 高校時の中谷は丸坊主だったのだが、髪が普通に伸びて、こうしてスーツでいると本当に彼なのか不安になるが、よくもまあ美香は判別できたのもだと思う。

さすがは元・マネージャーだ。


 「えー、元気だった!?」

 「元気だよ。今、何やってるの?」


 美香と透子は一応名刺を交換する。

 中谷はスポーツ用品メーカーに就職しているようだった。

 名刺にプリントされているロゴはよくみかけるそれだ。


 「OLさんかあ、順当に」

 「まあね」

 「中谷君、野球は?」

 「うん、まあやってるような、やってないような」

 「もったいない、上手だったのに」

 「上手くてもなあ、頑張って大学まででしょー」

 「スポーツメーカーならあるんじゃないの?」

 「あったんだけど、会社の意向でサッカーに絞るって」

 「残念ねー」


 中谷は透子を見る。




 「荻島、どう? 今期調子良さそうじゃん」




 透子は息を詰めるだけで、言葉を返すことはできなかった。



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