キャッチボール・プレイボール
第1話
「聞いてよ、植田ちゃん……この野球バカの所業を……信じられないわ! あれじゃあ、どんな男でもドン引き」
植田美香は、高校時代からの先輩で、いまでも付き合いのある宮城野の発言を耳にし、正面に座ってる透子に視線を移す。
「だって、先日の合コンは頭数あわせでしょ」
透子は口にくわえてるストローを放した。
もうコレ以上はききたくないとばかりにバッグの中に手をつっこんで、取り出したのはスポーツ新聞だ。それを見て、宮城野はフルフルと肩を震わせていた。
「宮城野先輩、透子は荻島君のことが好きだから。合コンだって、ほんとうはしぶしぶだったんだと思いますが……」
「うん、わかってる、わかってるけどね、オープン戦からペナンレースのまで、ブルーオーシャンズの戦績を熱く語る20代女性ってどうなのよ? そこ! そこでスポーツ新聞ひろげんな―――――藤吉!」
透子は顔をスポーツ新聞から覗かせる。
「今日はまだ3紙しか切りぬいてないんだーちょっといい?」
バッグからはさみとスティックのりを取り出して、おもむろに新聞にはさみをいれる透子。
「よくない……だんじて、よくない……」
見だしの『荻島秀晴!快挙逆転3ラン』の文字から写真、記事にいたるまで綺麗に切りぬいて、ファイルに貼りつける。
「いいじゃん、熱く語っても。どうせ人数あわせにすぎないんだから、で。先輩は? あの合コンで良い出会いが?」
透子は知ってる。
先日人数合わせで出席した合コン。
人数合わせなんて表向き、宮城野先輩が透子を思ってセッティングしてくれたことも。
だいたい本日結婚式の衣装選びをする女が合コンはありえない。
その為に高校時代から付き合いのある美香と透子がこの喫茶店で待ち合わせしていたのだ。
「まあまあ、透子も先輩も、ほら、透子、ここでやるのはやめようね」
美香がとりなすが、自然と溜息が零れた。
藤吉透子は、高校卒業後、大学へそして飲料水で有名なメーカーへの就職を果たし、現在OL2年目。
高校時代から部活で知り合った宮城野と奇しくも同じ会社に就職し、現在も先輩として目の前にいる。
アフター5やプライベートでも遊びにいくこともしばしばだ。
ちなみに美香は大学までは一緒だったが、文具系のメーカーへと就職してやはり2年目。
透子とは会社が違っても連絡とりあったりしてる。
透子が、はさみやスティックのり、紙くずをしまってスクラップを広げて記事を改めて読みつづけているのを見て、溜息をつく。
美香も見出しの文字を見て透子と同様に、しかし別の意味で溜息をついた。
荻島秀晴――――。
東蓬学園からプロ野球へ進み、現在に至る。1年目は新人賞にも輝いたが2年目、ペナントレース中にデッドボールを受けて、怪我の為に一時スタメンを外されていた。
じっくりと怪我をなおして3年目から、現在に至るまで、スタメンで活躍している球界のスター選手だ。
「先日の合コン確かに盛り上がったさ、主に荻島の話題で、だけどさ、あの参加してた男性陣の誰もが、この藤吉が、ガチで荻島に惚れてるって聞いたらドン引きでしょ」
「うん……まあ……」
宮城野のいうように仲が良かった。
美香は荻島秀晴に憧れていたけれど、彼は目の前にいる彼女が好きだったと思う。
透子も再会した当初は、美香の気持ちに気がねしていたけれど、2年の夏に、美香に頭を下げて謝ったのだ。「――――ごめん、やっぱりヒデが好きなんだ」と。
彼に気持ちは伝えないけれど、思うだけは許して欲しいと。
気持ちを伝えれば、両思いなのは間違いないのに、美香に対しての遠慮なのか透子は卒業まで、とうとう彼に好きだとは云わなかったようだった。
透子は彼がプロ野球入りに決ってから、ずっとこうしてスポーツ紙で彼の記事を見つけてはスクラップを取り続けているし、ニュースの野球コーナーも録画しているのだ。
確かに荻島に憧れた美香だけれど、彼と両思いになったとしても、ここまでしただろうかと思う。
好きだったけど、憧れたけど、こんなに継続できない。
そして、そんなに好きだったのだと改めて思い知らされて、そんな透子がなんだかいじらしくて切ない。
「でも、あんたがいくら好きでも、いくら幼馴染でも、相手は荻島だよ? 今期契約切れたらメジャーかもしれない男だよ!? かたやあんたはフツーのOL」
「わかってますよ」
「現実に目を向けなよ。ああもう、や、ちょっと化粧直してくる」
透子は片手でヒラヒラっと宮城野を送り出した。
美香が透子をじっと見つめているので、透子はスクラップのファイルを閉じた。
「何よー美香ちん」
「それ、何冊溜まった?」
「10冊かなあ」
「荻島君から、卒業後連絡ないんでしょ?」
「……1度、あった」
「え!?」
それは初耳だった。美香は身を乗り出す。
「1年目の……シーズンオフの時」
「そ、そ、それで?」
「それだけ」
「え?」
「ご飯食べて、初詣の約束して、初詣行ってきて、それだけ」
「透子……もう少し詳しく……」
がっくりと美香は肩を落とす。
透子がいうには、プロ1年目、新人賞に輝いた年。
ふいに携帯に留守電が入っていたのだという。
シーズンオフの年末。
「信じられなかったけど、指定された場所に行ったの」
「どこ?」
「梅の木グラウンド」
2人が小学生の頃から、ずっと野球をやっていた場所だ。
ヒデはいっていた。まだ小学生の末弟。朝晴の為に遠くにはいかないで公団の近くに家族の為に家を購入する予定だと。それは現実になったのだろう、純粋に里帰りだったようだった。
「本当にいるとは思わなくて、驚いたけど。それで、もんじゃ食べに行った」
「……そ、そ、それで、なんか、なんかあった?」
「なんかって?」
「あー、だから、なんていうかほら、その、きちんとお付き合いしましょう的な?」
「ない」
「はいッ!?」
「その時は、ヒデのプロ1年目だったからいろいろと忙しかったでしょって訊いたら、あいつ、いつものごとく機関銃みたいに、チームのことベラベラしゃべって、あたしは訊き役」
フルフルと美香は肩を振るわせる。
「それで、『初詣いこうか、来年もヒデが活躍できるように』っていって、ヒデも行きたがって、初詣行ったんだけど、2年目は、あの怪我じゃん、なんかもう、あたし信心深くないのバレバレ?」
「それは信心と違う。偶然だから」
美香は頭を抱える。
「でも、そのせいなのか、連絡ぷっつりなくて」
「……」
「頻繁とかじゃなくて、2、3ヶ月に1度くらいのメールは、ヒデが怪我をするまではあったんだよね」
「……ということは……5年ぐらいは音信不通ってこと?」
「うん」
――――――荻島くん!! ひどすぎる!!
かつての彼は、本当に透子が大好きで、それは端からみていてもよくわかった。
距離や時間で疎遠になるような関係には見えなかった。あの時……高校時だって、2人は5年ぶりの再会だったはずだし、彼は凄く懐かしがっていて、単なる幼馴染から一歩進んだ付き合いが始まってもおかしくないような、そんな雰囲気だったのに。
「まあ、先輩のいうとおりだし、ヒデは遠からずメジャーリーガー。あたしはフツーのOL。幼馴染だけど、もう、接点はない。でもいいのよ、ずっと野球やってるヒデでいてほしいし、あたしが勝手に好きなだけなんだ」
「透子」
「じゃあ、なおさら現実を見たほうが良いんじゃないの?」
トイレから帰ってきた宮城野が椅子に座る。
「現実」
「そんな韓流スターおっかける、おばさんのような心境になるのは、結婚してからでもOKじゃない。ロマンスだけをおっかけて、年を取って、手元に何も残らないんじゃ虚しいわよ」
「23歳なんでまだロマンスおっかけたいんですが」
「あと少しで24でしょ。そうやってると、あっというまに老けるよ。藤吉」
「……」
「その時のあんたの手元に残ってるのが、その荻島のスクラップファイルだけなの?」
「……」
「あ、あの、先輩、もうそこらへんで……」
美香が窘めるが透子は手で抑える。
「それで満足するかは、あたしが決めることですよ、先輩」
「藤吉……」
「でも、嬉しいです、先輩が心配してくれるのは、よくわかってる」
透子は残りのオレンジジュースを飲み干して、2人に店を出ようと促した。
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