第13話
マウンドに立つ。
ああ――――……5年ぶりのマウンドだ……。
バッターボックスの向こうにはヒデ。
マウンドからの投球練習を数回させてもらってから、試合が始まった。
初球、高めのストレート。
バッターはあたしのボールの遅さ、さっきの投球練習でわかってるだろう。
指示通りにあたしはボールを投げる。バッターはピクリともしない。
「ストライクッ」
「ナイスボール。トーキチ」
ヒデからボールが返球される。
今のは、バッターがボックスの中であたしのボールのスピードを確認しただけだ。
でも、ストライクは、ストライク。
もうけたぞ。
ヒデのサインはアウトローにカーブだ。
OK、ヒデ。あたしはグラブの中でボールを握る。
2球目、ボールはスピードがないけれどゆっくりと綺麗に曲がってくれた。今度はバッターがスイング。
「ツーストライク!」
バッターの不思議そうな顔が、ここからでも見える。
まさかカーブ投げてくるとは思ってないって表情だった。
また、同じ場所に同じカーブ。
あたしは、ゆっくりとしたフォームで、投げた。
バッターはなんとか打とうとするけれど、カーブはよく曲がってくれる。
「ストライッ! バッターアウッ!!」
「いいぞー! ワンナウト!」
観戦してる生徒が、なんとなく、増えてきているような気がするけれど……気のせいか?
あたしはボールを受け取る。
とりあえず、1人きったぞ。
あと二人。
ヒデのサイン通り、あたしは投げる。このゆっくりした投球フォームで。
なんだか時間が巻き戻されるような錯覚に陥る。
夢中で野球していた五年前に。
指示は内角高めのストレートの指示。あたしは投げる。
ボールはバットにカキンと音を立てて当たり、ショートゴロ。
「ツーアウト! あと、1人だ!」
パシっとファーストからのボールを返してもらった。
今度は真ん中にくるように、カーブ。
よし。
「ストライク!」
「スゲーな藤吉さん」
「いいぞ、ピッチャー」
内野のメンバーが声かけしてくれる。
うわあ、こういうのも懐かしい。
相手チームの3年はベンチでわあわあ言ってる。「女子相手に何やってんだ!」とか、「ボール遅いんだから、打てるだろ荻島が投げるワケじゃねーゾ」とか。
こっちにまで聞こえてくる。
「透子――――――!! ガンバレー!!」
美香の声が聞こえる。
昔なら、マウンドの上でもその声に答えて笑うこともできたけれど、今、メチャクチャ緊張してる。
普段使っていない筋肉が強張ってるの、わかる。
こりゃ、明日は筋肉痛かも。
もう1度、同じ場所にカーブ。
ヒデ……あんたね、絶対目が慣れてバッター打ってくる……。
ま、いいか……打たれても。
カキン! と音がする。
ボールは垂直に打ち上げられた。
ヒデが立ちあがる。
そのまま長い腕を伸ばし、ボールはミットにすっぽりと収まった。
「スリーアウッ! チェンジ!」
……あっという間の……投球時間。
「ナイスピッチ」
パンパンとファーストとショートにグラブで肩を叩かれる。
ベンチに戻ると、美香が目をキラキラさせて、あたしを見る。
「透子! 透子!! 凄い、凄い! カッコイイ」
「あ、う、……やーもーそんな……こっちは結構ドキドキしたよ」
美香に面と向って云われるとなんか照れくさい。
「でも、そういう不安な様子、マウンドに立ってると全然見えないのが、トーキチの凄いところなんだけどな」
マスクとプロテクターを外してヒデが背後がから声をかける。
「いやいやすげーよ、何あのカーブ、何あんなに曲がるの?」
小沢君が興奮気味に声をかけてくれた。
「すげえだろう、でもアレが決めダマじゃねーんだぜ」
我が事のように胸をはって自慢するヒデ。
なんでそこであんたが威張るのさ。
だけど、メンバーはそんなことお構いなしで、決めダマ発言の方が気になったらしい。
「何!! 決めダマがあれじゃないんだ!? 何、何だよ!!」
「てか攻撃、誰だよ、早くバッターボックス行けや!」
「笹原は今、保健室だって、ちょっと休んで様子見ましょうって。打ったところ頭だし」
「じゃ、次の回もよろしく、てか、ここで勝ったら、明日先発で」
男子がそれぞれ、いいねーと声を揃える。
いいのか、それ……。
ベンチでわあわあやってる間に、ランナーは一塁。
「なんか勝ち前提の会話ですが、……それは……でもこのゲーム勝つの?」
今1点差でウチのクラスは負けてるじゃん。
ヒデはバッドを取り出して、ニヤリと笑う。
もう、「あったりまえだろうが」の自信満々の笑顔だ。
うわー。コイツ。本当に野球やってるときは……。
「だってオレが打てば逆転だ。あとはトーキチが抑えたら、ゲームセットだぜ」
メットを被ってネクストサークルに向う後姿を見たら……。
やばい……。
カッコ良すぎだろう、ヒデ。
不覚にも一瞬ときめいちゃったよ。
バッターの横田君が三振で戻ってきた。
その横田君と入れ替わりにヒデがバッターボックスに入る。
フェンス向こうの観戦者が心なしか……いや確実に増えている。だってフェンス向こうから「荻島が野球やってんぞー」の声が聞こえてるもん。
そりゃ甲子園のヒーローが練習以外で、しかも体育の授業でもなく、野球やっているとなれば、試合している生徒以外は結構自由な状態。観戦者が増えてきても不思議じゃない。
先生だって職員室とかの窓越しから覗いてる。
でも。
「どうかな」
あたしが敵のバッテリーなら、勝負しないもん。
打たれるの目に見えてる。だから多分――――。
「ランナーが上手く進塁してくれればいいんだけどな」
「何?」
「ヒデは歩かされるんじゃないかな」
あたしが云うと、小沢君も樫田君も顔を見合せる。
「あたしがピッチャーなら、あんなのと勝負しないよ」
おっかなくてできないよ。絶対敬遠するね。
ここで敬遠したら、ワンナウト1、2塁。
だけど、後続の打者を打ち取ればいいだけの話。
後続のバッターは自分達と力はドッコイというか、ヒデと勝負するより、その他と勝負した方がリスク少ないもんなあ。
さっきの6回表で2点こっちに入ったから、点差は1点差。相手チームこの1点は守りたいだろう。
「あーうー。そうかなあ」
「いいや、オレは敢えて勝負に出てくるに五千点」
小沢君が言う。
「その根拠は?」
「良い思い出作り。相手3年だし。『荻島秀晴と高校の時、球技大会で勝負しました』これって数年後には自慢じゃね?」
「なるほど。でも『高校の球技大会で荻島秀晴を負かしました』はもっと自慢になるんじゃない?」
「藤吉さんを攻略するから、敢えて勝負に出てやるっていう目論見に僕は2千点」
セカンドの中谷君の発言。
そのセンも捨てきれないか……相手は油断してくれるかなあ?
そんなベンチの会話を知ってか知らずか、ヒデはバントの構えを見せた。
うわーバント。
ヒデがバント。
律儀にハンデを守ろうというのか。それもすごいな。
ハンデを守りつつ、勝負に勝つ気か? なんかもー無茶苦茶。
相手のキャッチャーは座ったままだけど、外角にボールを外すように、ピッチャーに指示を与えてるみたいだ。
ボールツー。
ピッチャーが投げた。ボールはまっすぐだ。速い。でも外じゃない。中だ。バント処理でアウトをとるつもりか?それとも、コレはすっぽ抜けただけ?
ヒデの目は、ピッチャーが投げたボールを、見逃さない。
瞬時にバントの態勢をやめてバットをたてる。素早く振りぬく。バスターだ!
――――――――カキーン……。
快音を響かせて、ボールは青い空に吸い込まれていくように飛んでいった。
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