第12話
ヒデのやつめ。バラしたな。
でも、もういいよ、この際。
あたしが元リトルのエースなんて話。知られようが、知られまいが。
なんか気分が……野球やってみたい気分になってるし。
グラブの皮の臭いのせいかなあ。
バイト辞めてからこっち走ってたせいかも?
以前、小柴さんが云っていた。
あたしは野球に関わっていた方がいいって。
あたし、そんなにグラブ持ってると周囲に与える印象とか違うのかな?
ヒデとキャッチボールしてる時もなんか癒されるっていうのか、落ちつくっていうのか。
ヒデの単純なところがボールで伝染してくるのかも。
いろいろグダグダ考えなくて、自分が素直になってる気がする。
「なあ、だけど次の次、笹原がバッターだったんだけど、どうするよ」
「いいじゃん、トーキチに打たせろよ。相手ピッチャーぐらいなら打てるだろ」
どのくらいなのかな? 相手ピッチャー大丈夫かな。速いのかな。
「相手、変化球投げれないみたいだし」
……てことはストレート速球派か?
「とりあえず、オレ、バッターボックスな」
樫田君がバットを持ってバッターボックスに入る。
「え、じゃあ、あたし、ネクストサークルでOK?」
「おう」
あたしがネクストサークルに向うと、相手チームのリーダー格がやってきた。
「ちょちょ、ちょとまて、タイムタイム!! 2年! なんでネクストサークルに女子がいんの?」
「さっきのピッチャー返しで選手交代」
ヒデはしゃあしゃあと云ってのける。
「はあ!?」
「だってピッチャー、こいつでやるから、笹原の打順に入ってもらってる」
3年の先輩達はあんぐりと口をあけている。
だよね、いくら生徒自主運営の球技大会でも女子を混ぜるのは……ないよね。
「いいじゃん、先輩、オレが投げるよりは」
ヒデはニヤリと笑う。
ネクストサークルにいるあたしまで、背筋に悪寒が走った。
有無を云わせない実力を盾にした発言。
3年はグっと一瞬押し黙る。
「ハンデつけてって云われてるし」
「ハンデって、おまえ、さっきのピッチャーライナー見てたろ? 女子の顔にあたったらどうすんの?」
「大丈夫です、あの、一応、リトル入ってたんで」
あたしが口を開く。
「あたし、やってみたいんで、お願いです、やらせください」
「……オレもお願い!!」
ヒデが3年の先輩の手をとって、お願いポーズをする。
「責任はオレらもたんよ」
3年はベンチに戻っていった。
ヒデはあたしのメットをポンと叩く。
「お前になんかあれば、オレが責任取るから大丈夫」
その発言は……意味深だなあ、だけど、そんな事になったら、夏大会どころじゃないでしょうよ。
だからあたしはこういうしかない。
「大丈夫、元エースだから」
あたしの言葉にヒデは一瞬ポケっとしていたが、試合モードの笑顔でいう。
「頼むぜ、トーキチ」
試合再開。
ネクストサークルからマウンドのピッチャーのフォームを見る。
速い。
120キロ近くは出てるかもしれない……でも、コントロールはばらつきがある。
コントロールのばらつきっても、あのストライクゾーン内に収められるんだから、練習しないとなかなかできないよ。
球技大会でピッチャーやってるのはやっぱりそれなりの経験者だもんね。
樫田君はボール、ストライクの次に、内野ゴロ。で、アウト。
あたしは樫田君のバットをチームの人に渡して、自分がバッターボックスに入る。
「怪我してもしらないよ。デッドボールだってあるんだよ」
マスク越しに言われて、あたしはバットを何度か素振りする。
「それに、打てないでしょ、女の子に」
打てません、てか打つ気はないよ。
あたしはバットを構える。
ピッチャーが投げた。
速いけど、見えないこともない。
「ボオ!」
うん。速球にしてはやっぱりコントロールは、いまいちだな。
こんだけ早ければ、女子相手なんだからド真ん中に来てもいいのに……外角よりか。
ああ、デットボールを気にしてるのか。だから外に自然とむかっちゃうんだね。
なら……。
2球目のボール、あたしは構えていたバットを水平に下ろして押し出す。
速くて打てないけど、当てることはできた。もともと、こうするつもりだった。
「な!」
「バント! サード!!」
サードが捕球して投げるけど、あたしの足の方が速かった。
一塁でたよ。
クラスのベンチが沸いた。
一塁の選手があたしを見る。
「すっげえ足速いね、陸上部?」
「吹奏楽部です」
先輩は首を傾げているようだった。
よおし。
あとは足でひっかきまわしてやる。ホームに戻るぞ。
あたしはリードをはじめた。
バッターはさっきまでキャッチャーやってた小沢君だ。
初球を思いっきり打つ。カキンっと良い音がして、ボールがセンターとライトの中間地点へ上手く落ちた。
とにかく全力で二塁を蹴る。
三塁のコーチャーに樫田君がいて、回れのサインを出していた。
「スライディングなしでOK、ホームへ行け!」
ライトからセカンドの捕球がミスで三塁打だった。
1点奪取。あと2点差。
ベンチに戻ると、みんな両手を出してハイタッチだ。こういうのもすっごく懐かしい。 楽しい。
最後にヒデにパンっと手を合わせる。
「良く走ったな、トーキチ」
あたしはバッターボックスに視線を移す。
「スクイズ?」
「打たせていこうぜ、ここは、お前が抑えやすいだろう、ホレ」
ヒデはあたしにグラブを渡す。
「ちょいと投げ込みしとけ」
「うん」
あたしがベンチ脇で肩ならし程度に投球練習を始める。
とりあえずストレートを、次は得意のカーブ。
バッターの応援をしていた数人と美香が、投球練習の方に注目する。
「遅いでしょ」
「……」
ヒデのことだから、遅くなったなあとか云うかと思ったんだけど、何も言わない。
「大丈夫、良く曲がってるよ、カーブ」
「……」
「それに、笹原も速球派だったから、お前のスピードに慣れる頃には試合終了だ」
打者は内野安打、一塁アウトだけど、もう1点追加。
あと1点のツーアウト。試合展開も気にしつつ、投球の確認も怠らない。
「よし、あと、アレも投げられるか?」
「アレね」
チェンジアップ。
ただでさえおっそいボールが更に遅く見えるから、バッターはタイミング取りづらいだろう。
しかもこれはどっちかっていうとチェンジアップっていうより―――――。
ボールは変化してヒデのミットに届く。
「おお! 投げられるじゃんよ!」
「ストライッ!! スリーアウト! チェンジ!」
審判の声が聞こえる。
ヒデはマスクを持って、キャッチャーポジションへ向う。
クラスの男子が何人か背中を軽く叩く。
「しまって行こうぜ」
「打たせていけよ、オレ等も捕るからな!」
あたしは頷く。
心臓が……ドキドキしてきた。
本当に5年ぶりのマウンドだ。
深呼吸をした。
このドキドキ感は、やっぱりここ以外じゃできない。
ボールはヒデのミットに届くから、大丈夫怖くはない!!
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