第11話



 バイトを辞めた。

 季節は夏を迎えていた。うちの学校は私立で古い伝統もあってか、未だ二期制ではなくて、三学期制だ。

 夏はまた多分、甲子園出場になる可能性が濃厚で、春の選抜の時もバイトも長く休んだので顰蹙をかっていたらしい。夏はバイト人口が急増するだろうし、あたしは、学校の方で甲子園に応援にいくかもしれない、また長期の休みをとるかもしれないので、ここで辞めたいと1ヶ月前に申告していた。

 おかげで、時間があまり期末試験に集中することができた。

 結果も良好で親も機嫌がよかったようだ。

 期末が終ると、調整の授業内容と球技大会がある……。

 別にその為にってわけじゃないけれど、あたしは、バイトを止めてから、身体が鈍るのを恐れて、毎朝、走り込みをして、吹奏楽の朝練にも参加するという、超、朝型生活を送っていた。




 「透子、バレーボールどうだった?」

 「1回戦負け。美香は?」


 バレーボールはやっぱりだめだ。

 あたしに合わない。

 今回のメンバーの運動量がなさすぎ。


 「あたしも……テニス、負けた」

 「先輩は何にでてるんだっけ?」

 「あたしと同じ、テニス、3年は燃えてるみたい」

 「やっぱほら、球技に力を入れてるガッコだしね、球技大会も結構良い規模だよね」

 「三日連続ってのが信じられないよね」


 やれやれと、二人でペットボボトルで残念でしたの乾杯をする。


 「あたしなんか、最近、走りこんでいたんだよ!?」

 「え? 球技大会の為に?」

 「いや、バイトも辞めて暇だったから」

 「えー、暇だからってジョギングするの?」

 「本来体育会系ですから」

 「あ、そっか……」


 それに、走っていると、いろいろ考えなくていいんだもん。

 ヒデと美香がどこまで進展してるかなとかさ。

 あたしもプッシュしたから、どうだろうと思ってたんだけどさ。


 「あのさ、美香……」

 「うん?」

 「ど、どう? 野球部の方は」


 ……あたしのバカ……。


 訊かなくてもそんなのわかってる。

 土日に大会の予選が被ってる時は、応援しているじゃない。

 どんだけ順調なのかは観てるのに……。

 訊きたいのはヒデとはどうって訊きたいのに、どこか臆病になっている。

 この根性をなんとかしたいから、自ら鍛え直してみようと毎朝走りこんでるのに……。

 ああ、やだやだ。この性格。


 「うん。みんな頑張ってるよ、今日の球技大会も、アチコチで活躍しているみたい」


 ヒデは……野球だったんだよね。球技決定の時に、野球を選んだら、ブーイングが飛んだ。

 ヒデが野球やったら、絶対1人勝ちだろうって。

 いや、野球を選択した連中はこれはもらったと喜んでいたんだけど……。



 ――――いや、オレ投げないよ、だってキャプテンじゃないと捕球できないっしょ。



 って、云ったんだよね。

 クラス全員が溜息のような「ああ~」と納得する声を発した。

 確かに、素人が捕球できるわけがない。

 150キロ台のあのストレートを。怪我するに決ってる。

 あたしだって、最近昼休みに腹ごなしにヒデとキャッチボールするけれど、このキャッチボールをはじめた初日に、云ったんんだよね。


 ――――頼むから、肩慣らし程度にして。


 そしたら、ヒデのやつは、こう云ったのだ。


 ――――じゃあ、お前は全力で投げてみろ。そしたらオレの肩慣らしとバランスとれる。


 その場で速球を投げつけても、本当にヒデのやつはパシっと軽々と捕ってくれて、内心悔しかった。

 力の差キャリアの差が歴然だった。


 「荻島君の応援一緒に行こうよ」

 「……」

 「透子は同じクラスじゃん」

 「……」

 「ね?」


 美香の笑顔は最強だ。さすが「東蓬学園の南ちゃん」だけある。

 あたしは美香と肩を並べて、グラウンドに向かう。

 グラウンドには結構、ギャラリーがたくさんいる。

 特に女子が。


 「荻島君がいるからかな?」

 「じゃないの? やっぱり学校内でも注目度高いね」

 「あ、ライトにいるよ」


 あたしはスコアボードを観る。

 ちなみに中学野球と同じ7回でゲーム終了だ。

 大きい大会があるから9回まではやらせはしないのか。

 ピッチャーが投げた。打ったボールがピッチャー正面に、キャッチできない。頭に当たったみたいだ。痛そー。ボールは外野へ、ライトのヒデがバックホーム。

 アウトになってチェンジ。

 だけど……おいおい。


 「笹原君……痛そう、大丈夫かなあ」

 「ありゃ保健室行ったほうがいいよ」


 ピッチャーだった笹原君は、応援にきていたクラスの女子2名に付き添われて、保健室に向った。


 「どうするよー。比較的コントロールよかった笹原抜けたら、代理どうすんよ荻島」

 「オレは投げられねえって、無理だろ」

 「本気ださなくていいから」

 「本気ださない野球はできねえ」

 「おいおい」


 ヒデが腰に手をあててふーと溜息をつく。

 ヒデがあたしと美香に気がついた。


 「おうトーキチにマネージャー」

 「応援にきたよ、荻島君」

 「なんだ、こんな早くに来れるってことは2人共負けちゃったのかよ」

 「うん」


 美香が元気良く答える。

 ヒデはあたしをじっと見る。


 「あ、まって、球速がなくてもコントロールだけならイイヤツがここにいるわ」


 クラスの野球選択した男連中はあたしに注目する。


 「藤吉さん……?」

 「女の子だろ、いいの?」

 「いいじゃん、どうせ、サッカーにもっていかれて人数たりねえし」


 おいおいおいおい。ヒデ。ちょいまて。マジ?


 「てか藤吉さん、大丈夫なの? ウチのガッコ、ソフトボール部ないけど、ソフトボール経験者なのか?」

 「でも、今の笹原のボール見てたろ?」

 「硬球の扱いは―――――昔やったよな、トーキチ。変化球もまだ投げられるだろ?」


 ヒデの言葉にクラスの男子の注目が増す。



 「変化球って……荻島、どういうこっちゃ」

 「何、藤吉さん、マジで経験者!?」


 男子がわあわあと取り囲み始める。

 ……ゆーなってってんのに、ヒデのバカ垂れが。

 美香があたしの隣りで目をキラキラさせてる。


 「やって、やって! 透子やってみせて、観たい! 透子の投げてるところ」

 「5年もたてば、全然だめかもよ」

 「先輩が愚痴ってたぞー、走り込みはじめてんだって? 筋トレもさ」

 「腹筋だけね、トランペット吹くのに腹筋鍛えるのは当たり前」


 ヒデがあたしにグラブを投げて寄越す。


 「球速80キロ行ってれば良い方だよ、それでいいの?」


 「いいって、あと2回だから、2回だけ抑えればいいから」


 スコアボードを観る。このままやっても負ける状態は濃厚な3点差。


 「荻島を入れたらハンデをつけろと云われてんだし、いいんじゃね?」


 キャッチャーやっていた小沢君がヒデにレガースを渡す。



 「そんな心配しなくても。トーキチはリトルリーグ梅の木ファイターズの元エースだ」


 事の成り行きを見ていた男子達は「おお!」と感嘆の声を上げた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る