第10話


 結局、誕生日プレゼントは、美香に渡した。

 ほんとうは、昔みたいに、ヒデおめでとうって云いたかったんだけど……。

 でも、これで美香との仲が進展するといいな。美香は可愛いし、気がつくし、あたしがオトコだったら彼女にしたいぐらいだ。

 ヒデが今のところ野球しか関心ないのかもしれないけど、でも、美香を見てくれるきっかけになるといい。

 なんだけど……「ライバルじゃない、一方通行に気になる人がいる」の発言を思い出すと、どこか寂しいような安堵した気持ちが混ざる。

 美香にこれを云えないのは、ヒデが初恋だからかな……。

 それとも……。



 「トーキチ」



 口をきかなかった翌日。

 朝練を終えて、音楽室から教室に戻ってくると、ヒデに声をかけられた。

 あたしはヒデの昨日の態度にまだ腹立てて、今度はあたしがプイっとそっぽを向いて、クラスの女子と話を合わせ始めた。

 ヒデが先にふっかけてきたことじゃない。

 せっかく再会したけれど、こういう単純なきっかけで、だんだんと離れていくんだろうな。

 ヒデは野球にのめり込んでいけばいいし、あたしは、こうして普通の学生生活を過ごして、OLやって、そこそこの人と恋愛して、結婚するんだろう。それであがりだ。

 ヒデを取り巻く世界と、あたしを取り巻く世界はもう、ここから重なることは無くて離れていく一方なんだろうな。


 授業が始まると集中して鬼のようにノートを取る。

 そこに、横から、紙くずが投げつけられた。紙くずはあたしのシャープペンにあたってノートの上に転がり落ちる。

 こんなコントロール良く、紙くず投げることができるのは、ヒデしかいない。

 紙を開くと独特のクセ字で「ゴメン」って書いてある。

 ヒデ……。

 あんたは昔っからそうよ、こうやって、折れてくれる。

 あたしが我が強くて折れないから、ヒデがこうやっていつも先にゴメンって云うのよね。

 ピッチャーのクセにこんなに優しいのはダメだろう。バッターに舐められるぞ。




 「態度、悪かったのはあやまるよ、ごめん」


 昼休み、あたしは音楽室へと向う。ヒデはその後ろからついてくる。


「……なんだったわけ? あの態度は」


 振りかえってヒデを睨み上げる。 


 「だから、ちょっとヤキモチ」

 「はい?」

 「GWにデートしてるんだと思ったら、羨ましくなった」


 素直なヤツだ。


 「あー、オレもしてみたい。デート」


 それは、本音だろうな、多分、ヒデだけじゃなくて、野球部部員はそう思うんだろうな。

 練習はキツイし集中合宿したり普段寮生活をしているヒデ達からしてみれば、身近な友人知人がデートしてれば面白くはない。


 「だから、ごめん」


 3回も謝ることないよ。

 小学生の頃は、ヒデのこういうところが、優しい部分が、歯がゆいと思ってた。

 今はちょっと考え方は変わったかな。

 あたしには出来ないことだ。自分から折れるなんて。

 柔軟さとは意外と強いってことなのかもしれないと、ヒデを見ていると考えさせられる。


 「それと、サンキューな」

 「何が?」

 「プレゼント」

 「……」


 あたしはその場に座り込む。


 「トーキチ?」


 美香は、全部まんまヒデに報告したんだろうなこれじゃ。

 自分が選んだよ、ぐらい云えば進展するかもしれないのに……。




 音楽室に入ると、後輩達があたしの背後にいるヒデを見て会話を中断させる。


 「あー、仲良くきたあ」


 美香がにこにこと笑いながら、席を勧める。


 「透子、ケンカやめた?」


 ケンカにならん。こんなんじゃ。


 「でも、気になるよね、透子と一緒にいた人のことは訊いた?」


 ヒデを見上げて心配そうに美香が云う。

 ヒデは首を横に振る。


 「小柴さんだよ、一緒にいたのは」


 あたしが云うと、ヒデは驚いたみたいだ。


 「え!? まじで!?」

 「バイト先で偶然会ったんだよ、向こうはお客だったけど」

 「客? トーキチのバイトって何?」

 「レンタルショップのスタッフ。小柴さんは『歌恋』のベストアルバム借りてた」

 「小柴さん、痩せてない? 背が縮んだ?」


 だからそれはヒデがでかくなりすぎたんだって。


 「縦に伸びて、筋肉つかなかったんじゃないの?」

 「えー懐かしい」

 「声をかければよかったんだよ、勝手にむかついてないで」

 「小柴さんて誰?」


 先輩が口を開く。


 「ヒデのリトルの先輩」

 「なんでリトルの先輩を藤吉が知ってるの?」


 ……そこにそういうツッコミがくるとは……。


 「だってトーキチの方がポジション的に後輩だから」


 ヒデがあっさりという。


 「何、ポジション的に後輩って」


 「だからトーキチがリトルにいたのは――――――……え?」


 ヒデはあたしと先輩と美香を順々に見渡す。


 「もしかして、この2人にも云ってなかったんか? お前がリトルでピッチャーしてたの……この2人は仲が良いから知ってるとばかり……」


 云ってないよ。


 「え……ピッチャー……て」

 「リトル……て」


 美香と先輩が意外そうにあたしを見る。


 「初耳だ」


 先輩の驚いた顔を見るのはちょっと悪くはないと思ってしまった。


 「ちなみに、オレはキャッチャーね」

 「だから、仲良しなんだ」


 美香ははにかむように笑う。


 「小柴さんは――――梅の木ファイターズのエースで、肘を壊して野球やめた人で」

 「……」

 「あたしは、ポジション狙っていたから、あんまり印象は良く思われてないとかずっと思っていたんだけど。それはなんか思い込みだったみたい。結構いい人だよ」

 「荻島君とはタイプの違うカンジだけど、イケメンだよね」

 「だめじゃん、藤吉、そういうのはあたしに紹介しないと!」


 美香の言葉を聞いて、すぐに切り返した先輩の発言に、あたしは思いっきり噴出した。

 ヒデもウケたみたいだ。


 「そうか……小柴さん……」


 ヒデが呟く。

 その顔を見てあたしははっとする。

 もしかしてライバルじゃなくて、一方的に意識してる相手は、小柴さんか!?

 あたしは躊躇いながらこっそり尋ねる。


 「あの、ヒデ、小柴さんなの?」

 「何が?」

 「以前云ってたじゃん、意識してるけど、相手にされてないって、すごい高い目標なのかなって思っていたんだけど」

 「……」

 「小柴さんならそうかな――――? って……違うの?」

 「違う」

 「そう……」

 「でも、まあピッチャーだったな」


 以前なら、5年前なら、ヒデに「それって誰だよ」と食い下がったのに、それができなくなったのは、あたしが野球をやめたから……云えないのかな?。


 あたしは美香とヒデを交互に見る。

 美香のことを後押ししたいけど、野球が好きなヒデでいてくれるのが、すごく嬉しい。

 ただ、ヒデの気になる相手というのが、恋する誰かじゃなくて、野球のライバルなんだという事実がはっきりすると、やっぱりどこか寂しいような安堵したような気持になってしまった。

 こんなこと、美香には云えない。先輩にも悟られないように、あたしは黙々と弁当の中身を腹の中に詰め込み始めた。



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