第2話
「おいおい、女の子がピッチャーだよ」
「まじで? エースの小柴じゃねえのかよ!」
翌週の日曜日。
朝9時ジャスト。
梅の木町グラウンドに集まったのは、オレ達梅の木ファイターズと、本日の対戦相手、 竹町フェニックスのメンバーだ。
試合まえの軽いノックとボール回しの時、マウンドのいるトーキチを見て竹町フェニックスのヤツラはそうぼやいた。
マウンドにいるトーキチにも聞こえているはずなのに、トーキチは聞こえてないかのように、オレにボールを投げてくる。
「誰だよ、アレ」
「しらねえよ」
一通り、ノックが終って、ベンチに戻る。
監督がオレ達を見渡す。
ベンチには小柴さんもいた。
「前日、云ったように今日は小柴じゃなくて、藤吉でいく。藤吉は小柴とは違うからな、内野、外野、気を抜くな」
「はい」
野手のメンバーは声を揃える。
「藤吉は、小柴のように球速があるわけじゃないが、コントロールは抜群だ」
このチームでしらない奴はいない。
エースの小柴さんだって、トーキチのコントロールは、絶賛している。
自分にもし、トーキチ並のコントロールがあれば、この梅の木ファイターズを全国大会に連れて行けるって云うぐらいだ。
「……」
「多分、コントロールだけならば小柴よりも上だ。対戦相手のくさいとこを狙え、データ予習してあるな? 荻島」
「はい」
オレのありったけの記憶力を総動員して叩き込んで来たんだぜ。
でも、多分、オレよりもトーキチのほうが、データは丸暗記してるはずだ。
公式デビュー戦。
大丈夫かな、トーキチ、堅くなってねえかな。
オレは横目でトーキチを見る。
トーキチは……ギュと野球帽の鍔を引いた。
「何?」
目が、トーキチの目が……怖い。
相手より、トーキチにびびってどうするよ、オレ!
「いや、びびってねえみたいだからよ」
「びびる? 誰が? もうさっきから、イイカンジにエンジンかかってるのに」
「おお、トーキチ! やる気だ!」
岡野が叫ぶ。
もうすっかり、ここ数日で『藤吉』から、トーキチに呼び名が浸透していた。
メンバーは6年生の小柴さん以外は、もう、みんなトーキチ呼び。
「当たり前っしょ、ウチのピッチャーに討ち取られろ、竹町フェニックス」
「バックは任せろ!」
「打たせていけよ、トーキチ」
「じゃ、行くぞ!」
「おう!」
ホームベースにズラっと両チームが並ぶ。
互いに帽子をはずして『よろしくお願いします!!』の声がグラウンドに響き渡った。
―――――くさいとこ、ついていけ。
トップバッター入ったのは、竹町フェニックスのピッチャー岩崎。
こいつは内角が弱い。
内角、上にのサインを送る。
マウンドに立つトーキチは、男のオレが見ても、カッコヨク見えた。
迫力があるというか、雰囲気がいい。ピッチャー独特の気迫が伝わる。
それまでベンチでトーキチをなめてた奴が、ちょっと息を呑む。
オーバースローで投げてくるトーキチの内角高めのストレート。
それを振ってきた。
女の子のボールだと思ってなめてたから、多分予想より速い球速で振り遅れたんだ。
ともあれ。ワンストライク。
意外そうな表情。
そうだろ、速いだろ。
そして2球目、外角高めに、こい!
トーキチは、サイン通りに投げて来た。
カアンと金属バットのいい音がする。
が、球はマウンドの近くで下がってきた。
トーキチがそのボールをキャッチ。
ピッチャーフライのワンナウトだ。
2番はボール球に手をだしてくれたおかげで、三振。
3番は振って来たけれど、6年のショートの長田さんがとってアウト。
これで、スリーアウト。
イイカンジ。ほぼ予想通りの出だしだ。
「ナイピッチ、トーキチ」
トーキチはVサインをして見せる。
ベンチに戻って、キャッチャーマスク、プロテクター、レガースと上から順に防具を外していると、トーキチに声をかけられた。
「ヒデ」
「おう?」
「ヒデと、バッテリー組むのが、夢だった」
「な、なんだよいきなり」
「ヒデは必ず、リトルに入るはずだって信じてた。ずっと小さい頃からキャッチボールしてきて、そのあたし達が、ユニホーム着て、バッター相手に投げる日を夢見てた」
なんだよ、緊張してんのか?
初回守って、緊張とけてもいいだろ?
「ずっと待ってたんだ」
「……」
「そういう初戦は勝ちたいよ」
なんだよ、らしくねえな。やっぱり緊張してんのかな。
とか思ったんだけど、違うのかな。
結構表情にでてこねえしなあ。こいつ。
オレは最後に左のレガースを外してトーキチに渡す。
「まかせとけ」
そういって、ネクストサークルに向う。
バッターボックスには岡野。
こいつも5年だけど、足は速いんだ。
カキンと音がする。ファーストの岡野がイキナリ打った。二塁打だ。
オレがここで打って、岡野を三塁に運んでやる。
監督のサインにバントは出てない。
打っていいんだ。
野球は、点が入ってなんぼのスポーツだ。
オレはバットを2回軽く振って、構える。
――――――ずっと待っていた。
なんだよ、オレにプレッシャーかけるきかよ。
相手チームピッチャーのボールが、コースを外れる。
「ボォル!」
審判の声がする。
「うお。ヒデの奴よく見てるじゃんか!」
「トーキチ、何かいってやったんか?」
おいおい、ベンチの声、ここまで聞こえてるっつの。
なんだかオレが、ガンガンバッド振りまわすバカみたいじゃねーか。
でも。
コイツの球なら打てる気がする。イメージが沸く。
スイングした瞬間の振動も、打球の方向性も、頭の中で綺麗に映像化できる。
オレのイメージした球速とコースにボールが来た!
オレは迷わずバッド振った。
カキーンといい音がして、ボールは外野、センターへ。
オレもツーベースヒット。
先取点! 初めての公式の試合で、ヒット。
青い空に吸い込まれそうな白いボール。
あの日から、2年近くたったけれど、オレは、初めての打席の興奮は時々夢にみるんだ。
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