第1話



 オレは荻島秀晴。

 都営梅の木公団アパートの12階に住んでいる。

 父ちゃんと、母ちゃん、五歳上に双子の兄貴と二歳上の兄貴でオレと、下に一歳ちょっとの弟という家族構成。

 男5人兄弟の四男坊だ。

 狭い公団でうちぐらい家族の多い家も珍しい。


 「だけど、ヒデんち兄弟いっぱいいて、楽しそうじゃん」


 トーキチがボールを投げて云う。

 ちなみに今の時間は朝の5時30分。

場所は、公団から歩いて1分のグラウンド。

 梅の木ファイターズの早朝練習の時間だ。


 「トーキチは一人っ子だからそう思うんだよ、お前、おやつなんか戦争だぞ、お小遣いだって、多分オレはクラスの中でも少ない方だ」


 パシイっとトーキチの投げたボールはオレのグラブに収まる。

 お互い、オムツの頃から、この梅の木公団住宅に住んでいる、いわゆる幼馴染ってヤツだ。


 「ところでヒデ、最近あたしのことを『トーキチ』っていうけど、そのトーキチってどこからきてんのさ」

 「お前の苗字、藤吉でトーキチ」

 「ああ、そう」


 納得すんのか、おまえ!


 「いいよ、じゃあ、トーキチで、そろそろ『透子ちゃん』じゃ、クラスの連中にからかわれるし『藤吉さん』じゃ、あたしが気持ち悪いしね、アンタもいやなんでしょ?」

 「いやだ」


 なんだ、トーキチも気がついてたんか。

 去年の……4年頃からかな?

 クラスの中でもなんとなく、男とか女とか意識するようになってきて、そうなると、普通に幼馴染だから仲がいいとか云っても、からかいのタネにはなるんだよな。

 誰かと誰かがデキテルウ!とか云うし。

 デキテルとはなんじゃ、意味ワカンネ。

 多分云ってるヤツも意味わかってねーと思うよオレ。


 「あー、でも、アンタがそういうと、他の男子もあたしをトーキチ云いそうだなあ」

 「しょうがないべ」

 「あたしが我慢すんのか」

 「しょうがないべ」


 そこまでいうとキャッチボール練習が終る。

 監督恒例のシートノックが始まる。

 レギュラーのほとんどが6年と5年生なんだけど、ポジションはオレの場合被るンだよな。

 だからシートノックはライトへ行く。

 トーキチもポジションは6年と被ってるから、シートノックはセンターへ行く。

 だってピッチャーなんだぜ、こいつ。

 ありえないだろ? 女でリトルでピッチャーなんだぜ、来年、自動的にこいつエースなんだぜ。

 すごくね?

 伊達に小学1年からこの梅の木ファイターズにいねえよな。

 野球やってるヤツは、一度はやってみたいポジションだもんな。

 オレだってピッチャーやってみたいよ。

 だけど、オレ、この梅の木ファイターズに入団したのは去年なんだ。

 本当は、トーキチみたいに、低学年から入ってやりたかったけど、オレんち、家族多いし、習い事は二の次、三の次だったから……ようやく去年になって入団できたんだ。

 それまでは、トーキチが羨ましくて羨ましくて仕方なかった。

 日曜日になると、ユニホーム着て、大きな鞄下げてさ、自転車で試合グラウンドまでこいでいくんだ。その後姿が、やけにカッコよくて、もう、オレも入団したいって、ものすごく駄々をこねたのを覚えてる。

 でも、母ちゃんは絶対に入れてくれなかった。

 さっき云ったお金の問題もあるけれど、何より、大変なんだって。

 入団したら父母会の付き合いもあるし、やっぱり兄弟多いから、打ち合せに参加できないし、それだけじゃなくて、まだ身体ができあがってない低学年は入団するヤツは少なくて。

 真夏の練習じゃ、熱中症にかかっちまったりするんだ。

 ほら、野球ってユニホーム重ね着だろ? 真夏に、それはないべってくらい重ね着なんだよ。

 それを知ったから、余計に、母ちゃんは渋った。






 「でも透子ちゃんは、入団してるじゃん!」

 「他所は、他所、ウチはウチ」


 この会話はオレが入団するって決まる直前まで、もう、何十回も繰り返された。

 オレは悔しくてトーキチに愚痴ったことがあった。

 「いいよな、透子ちゃんは。リトルに入れてさ」

 2年前はまだ名前で呼んでいた。

 からかわれたりしなかったし。

 その愚痴を零した日は、たまたま、野球の試合が雨で流れてオレとトーキチがエレベーターホールでキャッチボールをしていた時だったと思う。


 「オレも入りたいよ」


 オレが構えたグラブに、トーキチはオーバースローでまっすぐなボールを投げ込んできた。


 「ヒデちゃん、でも、あたし、どんなに野球好きでも、絶対にプロ野球選手にはなれないんだ」

 

 意外にも強くて速い球にオレは驚いた。


 「……そりゃまー」

 「だって、女だもんね、だからお母さんにお願いしたの、せめてリトルリーグに入らせて、野球はそれで6年間やって諦めるつもりだからってさ」

 「透子ちゃん」

 「ヒデちゃんは―――――今、リトルに入れなくてもずっと、ずっと野球ができるんだ。甲子園だって行けるんだ。プロにだってなれる、そっちの方が、いいよ。断然、いいよ」





 トーキチは……自分の野球ができる時間を、理解していたんだ。

 それを知ったから、オレはあんまり愚痴はこぼさなくなった。

 その直後、母ちゃんは一番下の朝晴を出産した。

 家にチョロチョロいるよりは、リトルに入ってた方がいいんじゃないかって、母ちゃんが思ったみたいでようやく去年この梅の木ファイターズに入団することができたんだ。

 オレ的にはすごく願ったりだったけれどね。

 で、ようやく入団したら、トーキチはすでに控えピッチャーの地位を獲得していた。

 この春に卒団した6年がいなくなって、現6年の小柴さんが自動的にエースになって、トーキチはそのまま控えピッチャー。

 多分、小柴さんが卒団したら、自動的にトーキチはエースピッチャーになるはずなんだ。

 一緒にキャッチボールしてきた相手は、女なのに、エースピッチャーに一番近い立場にいるんだ。

 どう思うよ、コレ。

 ここでオレは頑張らないと、笑われるだろうが。

 トーキチが投げるなら、俺が取る。

 迷わず、キャッチャーのポジションを欲しがった。

 低学年からリトルに入ってるからっていうのもありなんだろうけれど、トーキチの投げる球には、なんか不思議な力がある。

 だから監督もトーキチのポジションをピッチャーに据えてるんだ。






 恒例のシートノックを終えて、全員整列して「有難うございました!」を声を揃えて解散になると、監督が、6年の小柴さんと上野さん、トーキチとオレを呼びつけた。

 オレ達は荷物に向わないで、監督の傍にいく。


 「集まってもらったのは、ま、このメンバーはなんだかわかってるとは思うが」   

 集まった4人は、現バッテリーと控えバッテリー。


 「実はな、小柴がちょっと肘をやっちまってるらしいんだ」 


 小柴さんは自分の右肘をさする。


 「で、来週の練習試合は、藤吉先発でいきたい」


 トーキチの目が、きらきら光ってる。オレが先発といわれたわけでもないのに、オレまでドキドキした。試合デビュー戦だ! 


 「たのむぞ、藤吉」

 「はい」

 「で、自動的に、荻島。お前、キャッチャーだから」


 オレ達のはじめてのデビュー戦が決まった日だった。

 オレ達のデビューはだいたい今から2年前ぐらいだったんだな。



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