第十六話 捕まえた商人
――ゲオルグに話したかったことを伝えたダイヤは、彼と共に外へと出ていた。
彼女たちは話が一段落したのもあって、これからのことは、先に酒場にいる商人と会ってから決めようということになった。
ちなみにミュゼとジュエリーは家でお留守番。
これは万が一、商人が暴れたときに、彼女たちを巻き込まないためのゲオルグの判断だった。
酒場までの道でその話を聞いたダイヤは、さすが今までずっと町を守っていただけはあると、彼の考えに感心していた。
きっと自分たちが来るずっと前から、ゲオルグは常に外部のことを警戒しているのだろう。
ダイヤは、それでもあくまで紳士な態度で物事に当たる彼の態度に、四姉妹の長女として学ぶことが多くあると思った。
「あれ? どうしてみんないるの?」
ダイヤたちが酒場に到着すると、そこには妹たちやゲオルグの仲間たちがいた。
姉に訊ねられ、ルヴィが答える。
「ダイヤ姉を騙したヤツを捕まえたって、そこにいるギュンターが教えてくれたんだよ」
ルヴィが親指を突き立てて指し示した先には、茶色い髪をした小柄な男がいた。
よくオルコット姉妹の住む家にやってきて、動物や魔獣の解体をルヴィに教えてもらっている人物で、他のガラの悪い男たちと比べるとずいぶんと若い男だ。
どうやらギュンターという名の彼は、ゲオルグがダイヤを騙した商人を捕まえたときに一緒にいたらしい。
そこで町に戻ってから、わざわざルヴィに知らせに行ったようだった。
妹たちが酒場にいた理由に納得したダイヤは、その場にいた人間らに囲まれて縛られている男――商人に目をやった。
「久しぶりですね。じゃあ早速ですけど、お金を返してもらっていいですか?」
ダイヤは嫌悪感など見せずに、商人にあっさりと声をかけた。
そんな彼女の態度に、周りにいた全員が呆れて言葉を失っている。
みんな自分を騙した人間に怒りの感情を表さないダイヤに、どうしてそんな態度が取れるのだとでも言いたそうだ。
訊ねられた商人が言いづらそうにしていると、サファイアは男の代わりに答えた。
「お金はもう使ってしまったみたいですよ。だから返したくても返せないと、さっき言われました」
「あぁ、やっぱり……。ゲオルグさんの予想どおりか……」
トホホと声をもらしたダイヤ。
やり切れない気持ちを
さらにダイヤは商人を攻める様子が一切ないようだった。
そんな白銀髪の姉を見たルヴィは、話を進めるためにゲオルグに訊ねる。
「なあ、ゲオルグのおっさん。この町じゃ罪人の扱いはどうなってんだ?」
「特に決まってはない。これまでここで盗みや殺しをした者は一人もいないしな。罪を犯した人間の始末など考えたこともなかった」
ゲオルグの答えに、ギュンターをはじめガラの悪い男たちが
よく考えてみれば、町での生活を毛皮や肉の採取に頼っているゴゴの町の住民が、つまらない揉め事を住民同士で起こすはずもない。
採取した品物をゲオルグが外へ出て、別の町で売ってそれで買った食べ物をみんなで分け合っているのだから、当然といえば当然だろう。
ここでは助け合うことが当たり前なのだ。
だからこそ町の人間たちは、オルコット姉妹に料理を作り過ぎたといってくれたりすることが多い(夕食時によくスープをもらっている)。
「決まってねぇのか。じゃあ、オレが前にいた組織のやり方で始末をつけるぜ」
「義賊団……エアプランツのやり方か?」
ゲオルグが訊ねたが、ルヴィは笑って誤魔化すと彼の腰にあった剣に手を伸ばす。
「ちょっと借りるよ。ちゃんと
ルヴィはゲオルグにウインクすると、剣の刃を地面に座って縛られている商人へと突きつける。
商人は「ヒィッ!?」と情けない声を出すと、慌てて壁まで逃げた。
椅子やテーブルにぶつかりながら泣きそうな顔で
その姿は縛られているせいか、まるで芋虫のようだった。
「おいおい、往生際がわりぃな。お前も他人を騙して生きてきたんなら、いつかこうなる日が来ることくらい覚悟してただろ?」
ルヴィは壁際でモゾモゾと動いている商人に近づくと、剣を振り上げた。
そして口角を上げ、今まさに商人の頭へと刃を落とそうとした瞬間――。
「はい、そこまで!」
突然、店内にダイヤの声と共にパチンという音が鳴り響いた。
彼女が思いっきり両手を打ち鳴らしたのだ。
ダイヤの声と出した音に手を止めたルヴィは、背後にいた姉のほうを振り返る。
そのときの彼女の顔は、不満がありありと見て取れた。
「なんだよダイヤ姉。まさかこいつを助けようってのか?」
束ねた赤い髪を振り、ルヴィが姉に訊ねた。
ダイヤはそんな妹に微笑むと、彼女の手から剣を奪う。
「うん、この人だって何か事情があったのかもしれないしね」
「それでうちは困ってんだが……。まあ、ダイヤ姉がそう言うならやめるよ」
ルヴィは呆れながらも商人から離れ、不貞腐れながら椅子に腰を下ろした。
サファイアとエメラはそんな彼女の傍へと近寄り、声をかけて
それからダイヤはゲオルグに剣を返すと、商人の前へと屈んだ。
「もう二度と騙したりしないでくださいね。それは私たちだけじゃなくて、もちろん他の人もですよ」
笑顔でそう言ったダイヤを見た商人は、歯を食いしばりながら涙を流し、彼女に向かって謝った。
泣きながら頭を下げる商人の縄を、ダイヤが解いてやっている。
その様子を見ていたゲオルグは、心の中で思った。
優しいを通り越して甘すぎると。
「ダイヤはまたすぐにでも騙されそうだな」
そしてゲオルグがそう言葉を漏らすと、その場にいた誰もが笑った。
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