第十五話 町のこれから

ゲオルグの話を聞いたダイヤは、思わずソファーから立ち上がっていた。


彼が捕まえた商人は、空き家を自分の所有物だと言ってダイヤに売った男だ。


そのせいで、ダイヤが軍に入って稼いだ金銭がほとんど無くなり、これからどうしようと頭を悩ませる原因となっていた。


ゲオルグは尋問などはせずに黙って捕まえてきたようで商人とは話していないらしいが、彼の予想ではすでに金は使われてしまっているだろうと言った。


ダイヤとしてはもちろん返金を求めたい。


騙されたのだから当然だ。


しかし相手は商人、しかも人を騙すような男だ。


きっとすでに金を品物やら何やらに換えてなくなっている可能性は高いというのが、ゲオルグの予想だった。


その話を聞いたダイヤは、「うーん」と両腕を組んでうなり始めた。


だが、すぐに顔を上げてゲオルグに言う。


「まあ、もう捕まってるんなら今すぐじゃなくてもいっか」


「いいのか? 普通なら騙し取られた金の行方が気になりそうなものだが」


「いいですいいです。そんなことよりも大事な話がありますから」


金より大事な話とは?


ゲオルグがあっけらかんと答えたダイヤのことを不思議そうに見ていると、ミュゼはダイヤと彼の反応が面白かったのか、クスリと上品に笑う。


するとミルクを飲んでいた黒猫のジュエリーは顔を上げ、ゲオルグに向かって「こういう子なんだよ」と教えるように鳴いた。


そして、話はオルコット姉妹が考えているゴゴの町の発展についてになった。


ダイヤは昨夜、妹たちから聞いたアイデアを、ゲオルグとミュゼに話した。


ゴゴは三十人ほどが住む小さな町だが、周囲にはまだ手付かずの森があり、ここを切り開けば大都市に負けないくらい発展できるだろうとこと――。


水源は町の側に湖があり、ルヴィが町の男たちから聞いた話では森の奥には洞窟もあって、鉱物なども採取できるかもしれないこと――。


その結果、ゴゴの町は資源の可能性が無限大だという話を、妹たちの仕草や口調をそのままに語った。


話を聞いたゲオルグは感心したような顔になり、ミュゼのほうはダイヤのモノマネが微笑ましかったのか、また笑っている。


ジュエリーはそんな老婆のことを見上げ、「この人って笑い上戸なのかな?」と鳴いて大きく首を傾げていた。


「町の発展か。面白いことを考えるな。だが、いきなりそんな大きなことができるものなのか?」


ゲオルグの当然といえる疑問に、ダイヤはまた妹たちのモノマネをして答えた。


発展させるにしても、まずは町で何かしらの産業を始める必要がある。


人員の確保や安定した流通など、現状でゴゴの町に足りないことはいくらでもあることを伝え、手始めに町の人たちに協力してもらって農業を始め、町の食料を外だけに依存しないようにと、妹たちが話していたことを説明した。


「なるほど。たしかに自分たちでも野菜や小麦を取れるようになれば、食料の分の負担を町の発展のほうに回せるな」


今のゴゴの町の食べる物は、ほとんど他の町に依存している。


それを変えるにはまずは食からというわけかと、ゲオルグは納得したように頷いた。


「とはいっても、言い出した私たちの誰も畑なんて耕しことないんですけどね……」


「あんたらは元貴族だからな、それも当然だろう。でもまあ、その心配はいらない。この町の人間は、俺とミュゼを抜かせばみんな元農民だ」


「じゃあノウハウというかやり方はわかるんですね! よかったぁ。妹の一人が農業の知識だけはあるって言ってたんですけど、実際にできる人たちがいるなら心強いです」


ダイヤはホッと胸を撫で下ろした。


ちなみに彼女がいう妹の一人とは、青髪の三女――サファイアのことだ。


サファイアは家族がバラバラになった四年の間に、お世話になっていたところで多くのことを学んでいたようだ。


「そうなると問題は道具や元になるタネだな。今まで買ったことがないから相場がわからんが」


「それに関しては心配いりませんよ。さっき言った知識だけはあるって子は、そこら辺も詳しく知ってるみたいでしたから。買い付けのほうは任せてください」


「そいつは頼もしい。ぜひお願いさせてもらうとしよう」


ゲオルグが答えると、ダイヤの顔は浮かないものへと変わっていった。


急に申し訳なさそうな表情になった彼女のことが気になり、ミュゼが声をかける。


「どうしたのダイヤ? 何か気になるようなことでもあるのかしら?」


「いや、ゲオルグやミュゼが受け入れてくれたので、町の人たちも喜んでくれるとは思うんですけど……」


「思うんですけどって、どういうこと?」


ミュゼがしつこく訊ねると、ダイヤは後ろめたそうに話した。


彼女が思うには、自分たちはまだ町に来たばかりの新参者だ。


そんな立場の人間が、いきなりあれこれ提案して良いものかと肩を落としながら言う。


「いくら町のためとはいえ、なんか出しゃばり過ぎなんじゃないかって思って……。元々は自分たちが収入を得るために考えたことだし……」


心苦しそうなダイヤを見たゲオルグとミュゼは、互いに顔を見合わせると笑みを浮かべた。


ゲオルグは小さく肩を揺らし、ミュゼのほうは手で口元を隠しながら笑う。


「そんなこと気にしてたの? 大丈夫よ。あなたたちはもうこの町の一員なんだから。むしろいろいろ考えてくれて嬉しいくらいだわ。ねえ、ゲオルグ」


「ああ、俺は今の今まで、町のみんなを守ることや食わしていくことしか頭になかったからな。ダイヤたちが先のことも考えてくれて助かる」


二人の言葉を聞いたダイヤは、その青い瞳をうるませた。


最初こそどうなるかと不安だったが、ゲオルグが本当に自分たちのことを受け入れてくれているのだと思うと、彼女は震えが止まらなくなる。


そんな飼い主の姿を見たジュエリーは、突然テーブルの上から跳躍ちょうやく


ダイヤの銀色の髪の上に飛び乗り、まるで彼女をなぐさめるように「ミーミー」鳴いた。

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