第十四話 黒猫の帽子?

――黒猫のジュエリーを連れたダイヤは、ゲオルグの家に到着した。


来る途中で、通りを歩いていた町の人らから「今日はゆっくりなんだね」と声をかけられ、彼女は少し恥ずかしく感じながらも笑みを返していた。


「そんなに慌てているように見えたのかな、私……。まあ、いいや。ごめんください」


ダイヤは気を取り直して、ゲオルグの家のドアをノックする。


そんな飼い主の頭の上にいたジュエリーは、大きなため息をついていた。


ドアが開くと、そこには筋骨隆々の髭面の姿が見えた。


ゲオルグが家にいたので、ダイヤはよかったとホッと胸を撫で下ろす。


「おはようございます、ゲオルグさん。今日はいてくれてよかったです」


「話はミュゼから聞いてる。まあ、中に入りな。ちょうど俺もあんたに用があった」


相変わらず愛想のない態度で客を迎えたゲオルグは、家の奥へと歩いていってしまう。


そんな彼に続き、ダイヤもゲオルグ宅へと足を踏み入れた。


「お邪魔しまーす。あッミュゼさん。昨日は紅茶、ごちそうさまでした」


客間へと入ると、そこにはミュゼがソファーに腰を下ろしていた。


ダイヤが彼女に挨拶すると、ゲオルグは「じゃあ紅茶でいいな?」と言って、部屋から出ていった。


お構いなくと声をかけたダイヤは、ミュゼが座っているソファーの横に座る。


「あら、今日はずいぶんとオシャレね。黒猫の帽子なんて初めて見たわ。若い人の間で流行ってるかしら? ダイヤにとっても似合ってるわよ」


「いや、ミュゼさん。これは帽子じゃなくて本物の猫です……」


ダイヤはミュゼに突っ込んだ。


その様子からして、彼女が冗談を言っているようには見えなかったので、意外と天然ボケなところがあるのかもと思いながら。


「この子はジュエリーっていいます。どうしてだか人の頭の上で丸まるのが好きで、家族みんなはもう慣れちゃってますね。でも、もしミュゼさんの頭に乗ってきたら、絶対に止めますから」


「こんな可愛い黒猫ちゃんなら大歓迎よ。よろしくね、ジュエリー」


ミュゼがダイヤの頭の上にいたジュエリーに手を振ると、黒猫は「ミー」と短く鳴いて返した。


いつも通りやる気の鳴き声だ。


大体の人間はジュエリーのこの鳴き声を聞くと、可愛くないといって相手にしなくなる。


しかしミュゼはそんなことなく、可愛い可愛いといってまだ手を振っていた。


すると、どういうことか。


ジュエリーはダイヤの頭の上からするりと降り、ミュゼの膝の上に飛び乗った。


そして、先ほどと同じようにやる気のない鳴き声を出している。


「ジュエリーったら、ミュゼさんのことをもう好きになっちゃったみたいです」


「でも、頭の上に乗ってくれなくて少し残念だわ。それでもまあ、これはこれで……ウフフ、フワフワでとっても可愛い」


ミュゼはそんな黒猫の体を撫でながら、実に嬉しそうに微笑んでいた。


二人と一匹がそんなやり取りをしていると、ゲオルグが客間に戻ってきた。


彼の手にはトレーがあり、その上には紅茶一式――ティーセットが見える。


それからソファーの前にあったテーブルにそれらを並べて置き、ダイヤとミュゼのカップに紅茶を注いだ。


そんなゲオルグの姿を見たダイヤは、彼の見た目(筋骨隆々の髭面)とギャップに、思わず笑いそうになって堪えていた。


「お前にはこっちだ」


そしてなんとゲオルグは、わざわざジュエリーのためにミルクまで用意していた。


テーブルにミルクが入った容器が置かれると、ジュエリーはミュゼの膝の上から離れていく。


老婆は離れていった黒猫を見て、ムッと顔をしかめた。


「うーん、やっぱりミルクには勝てないわね」


「この子は食べることが大好きですからね。ずっと一緒にいる私でも食べ物には負けますもん」


ダイヤとミュゼはジュエリーの態度に笑うと、ゲオルグにお礼を言ってから紅茶を飲み始めた。


二人があまりにも馴染んでいるせいか、ゲオルグは片方の眉毛を吊り上げて小首を傾げている。


ゲオルグからすれば、昨夜、自分が留守の間に家で顔を合わせたくらいと聞いていただけに、彼女たちがここまで仲良くなっているとは思ってもみなかったのだろう。


普段から無表情の彼が、こうやってわかりやすく表情を変えるのはめずらしい。


そんなゲオルグを見たダイヤとミュゼは、互いに顔を見合わせてまた笑った。


客間に彼女たちの陽気な声が響き、置かれていた弦楽器がその空洞から静かに音を鳴らしていた。


ゲオルグは、彼女たちに呆れながら側にあった椅子を手繰たぐり寄せると、それに腰を下ろす。


「じゃあ、まずは俺のほうから話をしていいか?」


ダイヤが「どうぞ」とコクッと頷くと、ゲオルグは話し始めた。


彼は昨夜、採取した肉や毛皮を別の町へ売りに出ていたようで、そのときにとある男を捕まえたらしい。


どうしてそんな話をしてきたのかわからなかったダイヤだったが、ゲオルグの口にした次の言葉で自分に関係があることを理解した。


「その男はな。今あんたが住んでいる家があるだろう? あれを自分のものだと売った商人だ」


ゲオルグはよそ者がゴゴの町に現れれば、その顔を覚える習慣があった。


それが幸いし、帰り道に偶然にも商人を見つけ、捕まえてきたのだと言う。


「今そいつは酒場のほうで預かってもらっている。すぐに会いに行くか?」

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