第十三話 高名な吟遊詩人

訊ねられたダイヤは、ゲオルグの家であったことを妹たちに話した。


ゲオルグは留守だったが、彼と暮らしていた品のある老婆――ミュゼ·ロバイリッツと仲良くなれたことを。


そして、次に機会があればぜひみんなにも会わせたい人だったと、ダイヤはミュゼの人となりを楽しそうに伝える。


「なあ、ダイヤ姉。今ロバイリッツって言ったよな……?」


「間違いなくその人はそう名乗ったんですか……?」


「ロバイリッツっていえば、あの有名なお歌の人だよね……」


ゲオルグの家にいた老婆の名前を聞き、ルヴィ、サファイア、エメラ三人は言葉を失っているようだった。


ダイヤはそんな妹たちを見て、両方の眉毛を下げて不思議そうに見返す。


それから彼女は三人に向かって、そんなに有名人だったのかと訊ね返した。


「有名も何もミュゼ·ロバイリッツはこの大陸の、いや世界でも名の通った吟遊詩人ですよ!?」


するとどういうわけか、突然サファイアが椅子から立ち上がって叫んだ。


バンッとテーブルを叩き、ダイヤに食らいつかんばかりの勢いだ。


実をいうとサファイアは昔からミュゼ·ロバイリッツに憧れていて、彼女の作った詩曲はほとんど暗記しているほどだった。


ルヴィとエメラはサファイアほど入れ込んではないが、ミュゼの詩曲で有名なものはほとんど聴いたことがあるという。


「そっか。だから家に楽器がたくさんあったんだね」


「見たんですか、ダイヤ姉さん!? ミュゼ·ロバイリッツの使用楽器を!?」


立ち上がっていたサファイアがダイヤに詰め寄った。


息を吐けばかかるほどの距離まで近づき、驚いてのけぞった姉に感想を教えてほしいとせがみ始める。


サファイアのそのあまりの興奮具合に、ダイヤはタジタジになってしまっていた。


「私には楽器の良し悪しなんてよくわかんないよぉ。でもよかったね。サファイアのあこがれの人がこの町に偶然いて。ミュゼさんもみんなに会いたがっていたし、明日にでも行こうか」


「い、いや明日だなんていきなり言われても……心の準備がぁ……」


ダイヤが会いに行こうと言うと、サファイアは一変して狼狽うろたえ始めた。


数々の名曲や詩を作り出したミュゼ·ロバイリッツと顔を合わせ、さらに直接話をするなど恐れ多すぎると、ブルブルと震えながら自分の体を抱きしめている。


そんな青髪の妹を見たダイヤは、ルヴィとエメラに声をかける。


「サファイアってそんなに音楽や詩が好きだったんだね。二人とも知ってた?」


「まあ、知ってはいたけど、まさかここまでとは……。まるで沼にはまって出られなくなってるみたいだなぁ……」


「サファイアお姉ちゃんは一途いちずだからねぇ……」


ダイヤは呆れているルヴィとエメラを見て微笑むと、二人にもミュゼを紹介したいと言った。


だが赤髪と緑髪の妹は、サファイアが会おうとするまではやめておくと答えた。


別に慌てて会う必要もないし、どうせなら三人一緒に紹介してもらいたいと言うのだ。


そういうことならと頷いたダイヤは、まだ興奮が冷めないサファイアの体を背後からガバッと抱きしめる。


そして白い歯を見せ、妹たち三人に向かって口を開いた。


「じゃあ、明日はまた私一人で行くね。今日みんなが話したことも伝えたいから、今から教えてちょうだい」


その後、我に返ったサファイアが語り手となり、三人で考えたことをダイヤに覚えてもらった。


――次の日の朝。


ダイヤは妹たちと朝食を食べた後(昨夜の残りのミートパイを温め直して)、ゲオルグの家へと向かうことにした。


あまり早朝からは失礼だと思い、町に人が歩き始めるくらいの時間を目安に家を出発。


前日と違って町中を駆けることなく、のんびりと歩いていく。


「でも、めずらしいね。ジュエリーが出かけるときについてくるなんて」


昨日と違うのは歩いていることだけではない。


今日のダイヤの頭の上には、黒猫のジュエリーがいた。


ジュエリーはダイヤが家を出ようとしたときに、その瞬間を狙ったかのように彼女の頭に飛び乗ってきた。


この子は怠惰たいだで引きこもりなのにとダイヤは不思議だったが、本人もとい本猫が一緒に行きたいのなら止める理由もない。


むしろダイヤにとっては、ミュゼにオルコット家の可愛い猫を紹介できると嬉しいくらいだ。


ちなみに声をかけられたジュエリーは、いつものように「ミーミー」と張りのない声で鳴いていた。


ミュゼに興味があるのか?


それとも何か心配してついてきたのか?


普段から何を考えているかわかりづらくとも、ダイヤからすればそれとなく理解できているつもりだった。


だけど、やはりわからないときはある。


それは妹たちだってそうだし猫も同じだよなと思いながら、ダイヤは頭の上でジュエリーを撫でた。


「ジュエリーもきっと好きになるよ。ミュゼさんってね。なんだか話してるだけで温かい気持ちになる人なんだ」


撫でながらそう言った飼い主に向かって、ジュエリーは「それは楽しみね」と言いたそうに鳴き返す。


今の鳴き声――今度はダイヤに黒猫の気持ちが伝わったようで、彼女はルンルンとご機嫌でゲオルグの家へと歩を進めていった。


「ミュゼさんと会うのも楽しみだけど、今日こそゲオルグさんと話すよ、ジュエリー!」

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