第十一話 品のある老婆

――外へ出たダイヤは町の中を駆けていく


それはもうもの凄いスピードで、通りを歩いていたゴゴの住民たちが、走る彼女を見て両目を見開いてしまうくらいだ。


あの娘は一体なんでそんなに急いでいるんだ?


朝から元気だなぁ、と誰もが声を漏らしていた。


まさかダイヤがこれからこのゴゴの町で収入を得るために、ゲオルグに相談へ行くなんて思いもしない。


そして、あっという間に町のほぼ中心にあるゲオルグの家へとたどり着き、ダイヤはドアをコンコンコンとノックする。


「おはようございます。朝からごめんなさい。ゲオルグさんいますか? 私ですよ、こないだ何かあったら来いって言われたダイヤですよ~」


ドア越しに声をかけ、しばらく待っていると扉が開いた。


しかし、出てきたのは筋骨隆々の体を持つ髭面の男――ゲオルグではなく、ダイヤの知らない人物だった。


真っ白な髪に顔や手にシワが多いが、年齢を感じさせない伸びた背筋と、品性を感じさせる顔つきをしている老婆だ。


出迎えてくれた老婆は寒いのは苦手なのか、そこまで冷えているわけでもないのにずいぶんと厚手の上着を羽織っていた。


「白銀の髪に長身の子……。もしかしてあなたがダイヤ·オルコットさん?」


「初めまして、お婆さん。私のことを知っているなら話が早い。ゲオルグさんはいますか?」


ダイヤは老婆が自分の名を知っていたことに少し驚くと、深く頭を下げて、ゲオルグに用事があって来たことを伝えた。


だがどうやらゲオルグは昨夜から出かけているようで、帰ってくる時間はわからないらしい。


「でもよかったら、彼が戻るまでうちで待つ? せっかく来てくれたんだし、紅茶でも飲んでいって」


「これはご丁寧どうも。私、こう見えても結構厚かましいので、遠慮なく紅茶いただきます」


ダイヤがおどけた態度で答えると、老婆はクスリと上品に笑って彼女を家の中へ招いた。


外観もそうだったが、中の広さもオルコット四姉妹が住む家とそう変わらない造りだ(さすがに石窯いしがまはなさそうだったが)。


二人で住むのなら、少し大き過ぎるくらいに感じる。


そんなことを考えていたダイヤは、玄関から客間に通されると、そこに置かれた楽器に目を奪われる。


小さなリュートに、人の背丈をも超えるハープ、さらにはバイオリンやパイプオルガンまであった。


まるでちょっとした楽器屋さんだと、ダイヤがそれらに近づいて両目を輝かせていると、老婆がまた微笑んでいた。


それから老婆はダイヤにソファーに座るように声をかけ、すぐに紅茶の用意をした。


ダイヤがテーブルに出された紅茶の香りと味を楽しんでいると、老婆が静かに口を開く。


「そういえばまだ名乗っていなかったわね。私はミュゼ·ロバイリッツと言います。彼、ゲオルグとは古い友人で、私が体を壊してからはこの家でお世話になっているの」


「へー、ご友人の方でしたか。ロバイリッツさんっていうんですね。改めてよろしくお願いします。私のことはぜひダイヤとお呼びください」


「私もミュゼでいいわよ。こちらこそよろしくね、ダイヤ」


その後、二人は会話を続け、すぐに打ち解けた。


元々ダイヤが誰とでも仲良くなる性格というのもあったが、ミュゼのほうもゲオルグから彼女のことを聞いていたようで、オルコット姉妹に興味があったようだ。


互いにいろいろな話をし、お昼にはパンやスープをごちそうになった。


そして気が付けばもう夕方になり、窓から外を見たダイヤは、ハッとソファーから立ち上がる。


「こんな時間まですみません! つい長居しちゃいました! ああ、早く帰って晩ご飯の準備しなくっちゃ!」


慌てておいとまするといったダイヤを、ミュゼは外まで見送り、また遊びに来てほしいと言う。


「今日は久しぶりに楽しかったわ。今度はあなたの妹さんたちとも会ってみたいわね」


「私もミュゼさんと話せてとっても楽しかったです。予定さえ合えば、次に来るときは妹たちも連れてきますよ」


その帰り道で、ダイヤはゆっくりと歩きながら、ミュゼと仲良くなれたことを喜んでいた。


彼女はゲオルグと古い友人と言っていたが、あの無愛想な彼とお話上手で聞き上手のミュゼとは正反対に見える。


ダイヤは二人が並んでいるところを想像すると、つい噴き出してしまっていた。


「でも、ゲオルグさんとは話せなかったなぁ。まあいいや、また明日にでも訪ねてみよう」


結局ゲオルグは帰ってこなかったものの、いい出会いがあったし、妹たちにも土産話ができた。


今日はそれでいいと、ダイヤは意気揚々と自宅へと戻った。


「ごめんね、みんな。こんな遅くなっちゃって」


彼女が家に入ると、妹たちはまだ家族会議を続けていた。


どうやらそれとなく話がまとまってきたようで、ルヴィとサファイアがダイヤに声をかけてくる。


「そんなことは気にしなくていいよ、ダイヤ姉。それよりもずいぶんと長かったな。おかげでこっちもだいぶ話が進んだけど」


「髭面もといゲオルグさんから町のことは教えてもらえたんですか? 私たちもいろいろと話していて、ダイヤ姉さんに聞きたいことも話したいこともたくさんありますよ」


二人がそう言うとエメラが手を上げた。


先に三人で話したことをダイヤに伝えたいと、緑髪の妹は誇らしげに口を開く。


「アタシからお姉ちゃんたちと決めたことを話していいかな? すごいアイデアがいっぱい出たから」

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