第九話 生活

――オルコット四姉妹のゴゴの町での生活が始まる。


まず四姉妹が最初に取り掛かったのは、ダイヤがだまされて買った家の掃除だ。


家はかなり放っておかれていたようで、中は廃墟といっていい状態ではあったものの大きな損傷はなく、家具や炊事場も綺麗にすれば使えそうだった。


あと不幸中の幸いだったのが、ダイヤが詐欺師の商人に頼んでいた設備がちゃんとあったことだ(まあ、購入前に中を確認しているから当然といえば当然だが)。


「見てよみんな! この大きなかまど!」


ダイヤが頼んでいた設備とはかまどだった。


彼女の求めたのは火によって鍋やフライパンなどを加熱するかまどではなく、炉の中でいったん大量のまきなどの燃料をくべて石造りの炉自身を加熱するタイプのものだ。


炉が十分に過熱されたところでまだ熱い灰を左右に押しのけ、焼けた石の上に食材を載せ、炉内の熱で調理する――パンやパイを作るのに適したいわゆる石窯いしがまである。


どうやらダイヤは軍にいたときに、なぜだかパイ作りに熱心だったようで、どうしても家を買うときに石窯が欲しかったようだ。


しかしまだ貴族だった頃、彼女が料理をしているところを見たことがない妹たちは、ダイヤの料理の腕に半信半疑だった。


いや、むしろどこか抜けているところがある姉のことだから、何かとんでもない味の料理を食わされるのではと、ルヴィ、サファイア、エメラは想像しただけで身の毛がよだっていた。


「かまどを綺麗にしたら、みんなに私の作ったパイをごちそうするよ! 今から楽しみにしててね!」


自信満々で胸を張る姉を見ていると、なぜだか不安が増す妹たちだった。


だが良かったのか悪かったのか。


ダイヤの料理を食べるのは先のこととなった。


それは想像以上に家の掃除に時間がかかったからだ。


オルコット姉妹が住むことになった建物は木造の二階建てで、屋敷とはいえないまでもそれなりの大きさだった。


二階には四姉妹それぞれに自室があり、一階には炊事場に石窯、そしてなんと浴室がある。


この建物は詐欺師の商人のものではなかったが、おそらくはどこぞの富豪の隠れ家だったのだろう。


自分の家に風呂を造るなど、ダイヤたちが生まれたランペット王国では、金銭に余裕のある金持ちくらいしかいない。


風呂にあった湯船は大きく、浴室は炊事場よりも広かった。


これなら四人一緒に入れるとダイヤが言えば、妹たちは少し恥ずかしそうに「そうだね」と返事していた。


そして、オルコット四姉妹が家の掃除を始めて数日が経った。


「よし。これで掃除も終わりだな」


「かなり汚れちゃいましたね。早くお風呂に入りたい」


ルヴィとサファイアは、家の掃除で残った最後の場所――かまどの煙突えんとつの掃除を終わらせた。


二人ともそのせいで身体中がすすだらけになって、顔まで真っ黒だ。


彼女たちはすぐに浴室に向かおうとすると、出かけていたダイヤとエメラが帰ってきた。


「煙突掃除は終わったみたいね。ルヴィもサファイアもご苦労さまです」


「見て見て、ルヴィお姉ちゃん、サファイアお姉ちゃん。町の人たちが今日も作り過ぎたからって、パンやポタージュスープをくれたの」


ダイヤとエメラの手には、袋いっぱいに入ったパンとスープの入った鍋が持たれていた。


緑髪の妹の話によれば、どうやらゴゴの住民たちが分けてくれたようだ。


ゲオルグとの一件でてっきりよそ者に厳しい町かと思えば、ゴゴの住民たちは住み始めたその日からずいぶんと親切だった。


きっと初日に酒場の前――ゲオルグが四姉妹にかけてくれた言葉の影響が、こうした態度に繋がっているのだろうと思われる。


「またもらってきたのか? というか、ダイヤ姉もエメラもまだ町に来たばかりなのに馴染み過ぎだろ」


ルヴィが二人にそう言ってからかっていると、家の外から声が聞こえてきた。


窓から顔を出してみれば、そこにはゲオルグの傍にいたガラの悪い男たちの姿があった。


「どうしたんだよ、あんたら? 雁首がんくびそろえてよ」


「こないだルヴィに効率のいい魔獣の解体の仕方を教えてもらっただろ。それがどうも上手くいかなくてさ」


ゴゴの町の周辺には森があり、奥には獣はもちろんモンスターも出てくる。


その肉や毛皮を売ることがこの町の収入源のようで、馬車を所有しているゲオルグが、ある程度たまったらまとめて大きな街へと売りに行くらしい。


ちなみに利益は住民たちに分配しているようだ。


さらに細かくいえば、午後に住んでいる人間が三十人もいないため、何かと助け合っていると言う。


その多くがゲオルグくらいの四十ほどの男女か、少し下の三十前後の男ばかりで、オルコット四姉妹のような十代の若い娘はいない。


「しょうがねぇ連中だなぁ。ちょっと出てくるわ」


「あなたも十分に馴染んでますよね……」


先ほどダイヤとエメラをからかっていたくせにと、サファイアが呆れながら赤髪の姉に突っ込んでいた。


そして各々が昼間の用事を済ませ、陽が落ちた夕食時――。


「家の掃除も終わったし、明日には私の作ったパイをみんなに食べてもらうからね!」


昼食に残った料理を姉妹で食べながら、ダイヤがついにそのときが来たとばかりに声を張り上げた。

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