第七話 決闘

ゲオルグもダイヤと同じく、両手で剣を握って構えた。


酒場に現れてからずっと威圧感を放っていた彼ではあったが、剣を構えると、その筋骨隆々の体がさらに大きく見える。


凄まじい剣気だ。


それはこんな辺鄙へんぴな町にはそぐわない、強者だけが持つ殺気だった。


「ルヴィお姉ちゃん、サファイアお姉ちゃん……。ダイヤお姉ちゃん、大丈夫かな……」


ゲオルグの剣気に当てられ、その小さな体を震わせているエメラ。


剣には素人である彼女ではあったが、ゲオルグがただの無法者ではないことは肌で感じているようだった。


そんな狼狽うろたえる妹に向かってルヴィが言う。


「たしかにあのゲオルグとかいうおっさん、かなりつえーな」


「ええ、以前に見た王国の騎士と比べても、けして引けを取らないと思います」


サファイアも赤髪の姉に同意し、ゲオルグの強さを評価していた。


たたずまいからして只者ただものではないとわかっていたが、髭面の男が剣を構えた姿は、彼女たちの予想以上だったようだ。


騎士に引けを取らないなどと聞かされたエメラは、さらにダイヤのことが心配になり、今にも泣きそうになっていた。


その一方で彼女の頭の上で丸まっている黒猫のジュエリーは、相変わらず退屈そうにあくびをかいている。


「そんな強い人なら、今すぐ止めたほうがいいんじゃない? お姉ちゃんがケガでもしたら……」


エメラが止めるべきではないかと弱々しく提案すると、姉二人は口元をゆるめる。


不安そうな妹とは違って、彼女たちはまったく心配していないようだった。


「心配すんなよ、エメラ。ダイヤ姉が負けるはずねぇ」


「なんといってもワタシたちの姉ですからね、あの人は」


ルヴィとサファイアはそういうと、震えているエメラの体を左右からさすった。


対峙するダイヤとゲオルグ。


すでに闘いは始まっているというのに互いに微動びどうだにせず、ただ剣を構えたまま動かない。


その二人が放つ緊張感が、先ほどまでヘラヘラしていたガラの悪い男たちをも黙らせている。


体こそ細いがダイヤが百八十を超える長身、ゲオルグが二百ほどの巨体というのもあって、あまり類を見ない高身長同士の決闘というのも加味されているのだろう。


とても路上で始まる闘いとは思えない雰囲気だ。


そんな空気の中――。


ダイヤがゲオルグに向かって口を開く。


「一つ、訊いてもいいですか?」


「なんだ? まさか今さら話し合いで決着をつけようなんて言うつもりじゃないだろうな」


「そうしてくれるならそうしたいですけど、そうじゃないです。……ゲオルグさんは、どうして貴族が嫌いなんですか?」


その問いに、ゲオルグの放っていた殺気がふくれ上がった。


ただでさえ周囲にいる者を押さえつけるような圧迫感が増し、彼の仲間である男たちですら後退あとずってしまうほどだ。


エメラなど恐怖のあまり、ルヴィとサファイアにすがりついてしまっている。


だがそんな姉二人と、そんな男を目の前にしているダイヤは動じていない(ついで言うとジュエリーもだ)。


ルヴィとサファイアは向かい合っているダイヤとゲオルグを見つめ、白銀髪の姉は相手とは逆に静かに木の棒を構えている。


「そうだな……。あんたがこの町の住民になったら話してもいい。だがそんなことは、万に一つもあり得ないがな!」


声を張り上げたのと同時に、ゲオルグが仕掛けた。


その巨体からは想像もできない素早い打ち込みで、ダイヤの肩へと剣を振り落とす。


ゲオルグの丸太のように太い両腕から繰り出された一撃は、ダイヤの体を真っ二つすることなど容易たやすく感じさせ、エメラが声にならない悲鳴をあげた。


だが緑髪の少女の予想は良いほうへと外れた。


剣が空を切り、いつの間にかダイヤがゲオルグの左側面へと移動していたからだ。


それでもゲオルグは焦らず、すぐに左手で剣を振るう。


片手のため先ほどよりも迫力こそ欠けているが、人一人を仕留めるのには十分に見える一撃だ。


「いや、ダイヤお姉ちゃんが!」


エメラが両目をつぶりながら叫んだが、ルヴィとサファイアは妹とは違ってニヤリと微笑む。


「決まったな」


「ええ、ダイヤ姉さんの勝ちです」


二人が会話を交わした次の瞬間――。


ゲオルグの剣の刃が折れ、その切っ先が地面に突き刺さった。


木の棒で鉄の剣を折ったのか?


そんなバカなとガラの悪い男たちが驚愕きょうがくの声をあげていたが――。


「あらら、私のほうも壊れちゃいました」


ダイヤの使っていた木棒も折れていた。


いや、正確には刀身として使っていた部分だけが、粉々になっているといった状態だ。


「これではもう勝負は続けられないですね。どうしましょうか?」


「……狙っていたな」


「あれ、バレちゃいました? だってゲオルグさんが想像していたよりも強かったんですもん。これは手加減できないなと思って、慌てて作戦を切り替えましたよぉ」


てへへと笑いながら言ったダイヤは、すぐに表情を真剣なものに切り替えた。


ふざけた娘だとでも言いたそうなゲオルグがその変わりように驚いていると、彼女は今の自分たち――オルコット家の現状を説明し始める。


「実は、オルコット家はもうないんです」

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