第五話 出ていってほしい理由

もちろんダイヤはゲオルグに対して「えぇッ!?」と声を張り上げ、激しく驚いている。


相手がどういう意図を持って言ったのか、彼女にはわからないのだから当然といえば当然なのだが。


驚愕している姉とは違い、ルヴィ、サファイア、エメラ三人には、特に驚いている様子はなかった。


酒場に入ってからガラの悪い男たちにからまれた妹たちからすれば、こういうことを言われるだろうと予想できたのだ。


「どうしてですか!? 私たちがこの町に住んじゃいけない理由があるんなら、納得する理由を説明をしてください!」


だが訳がわからないといった姉ダイヤは、ゲオルグに喰ってかかるように説明を求めた。


ゲオルグはいきなり喚き始めたダイヤのことをわずわしそうにすると、彼女に背を向けてカウンターへと歩を進めた。


そして店員に声をかけてエールを注文してから、再び白銀髪の女のほうを向く。


「理由なんて聞いても意味がない。ともかく早くこの町から出ていくんだ」


「意味がないって……そんなんで出ていけますかっての! 第一にもう家だって買っちゃったんですよ! その家がいくらしたと思ってるんですか、あなたは!?」


「あんたが買ったっていう家は、町外れにあるヤツのことか? あれはもう何年も前から空き家だぞ」


「え……? えぇぇぇッ!?」


ダイヤがさらに大きな声を出すと、店内にいたすべての人間が耳をふさいだ。


それだけ凄まじい音量だった。


しかし、そんなけたたましい叫びを聞いても、黒猫のジュエリーはまったく動じていない。


むしろ「いつまで話をしているの? 早くご飯が食べたいなぁ」と言いたげに、ゴロリと寝っ転がり始めている。


「う、嘘ですよね……? だってあの家は商人さん所有の別荘だと……」


「こんな辺境に、ましてや誰の領地でもない町に別荘なんて所有する物好きがいるわけないだろう。少し考えればわかりそうなものだがな」


ダイヤはオロオロと涙ぐむと、まるでひざまずくように床にくっした。


どうやら彼女が四年間かけて貯めた金銭は、家の購入でほとんど失ってしまったようだった。


ダイヤを騙した商人は、彼女との交渉後にすでに馬車で町を出ている。


そのため今から追いかけても、とても捕まえられそうにない。


金を返してもらおうにも、もはや不可能だ。


「せ、せっかく貯めたのにぃ……。こんなの酷いよぉ……。あんまりだよぉ……」


弱々しく言葉を吐き出すダイヤ。


だがたしかにゲオルグの言う通り、彼らがいる大陸にある二つの大国――ランペット王国とコルネト王国に属していない町などに、別の家を造ることなど考えられない。


ただでさえ両国の戦争が続いていて、治安の維持があやぶまれている状態なのだ。


それをこのんでわざわざ無法者たちが集まるような場所に、別荘など建てないだろうことは、子どもでもわかりそうなものではある。


「まあ、しょうがねぇよ、ダイヤ姉」


「そうですよ、ダイヤ姉さん。とりあえず住む家は手に入ったんだし。気持ちを切り替えていきましょう」


「そうだよ。ダイヤお姉ちゃんは悪くない。悪いのはお姉ちゃんを騙した人なんだから」


ルヴィ、サファイア、エメラ三人は、今にも号泣ごうきゅうしそうな姉をなぐめた。


たとえお金がなくなっても、自分たちが一緒にいればいいじゃないかと、ダイヤの肩や背中を優しくさすっている。


寝転んでいたジュエリーもムクッと体を起こし、泣きそうなご主人さまへと近づいて、彼女の手をペロペロと舐めていた。


猫なりの励ましというか、元気になってと言いたいのだろう。


目の前で小競り合いが起きようが片づけが始まろうがほとんど動きがなかったというのに、今は必死になってダイヤに寄り添っている。


「うぅ……ごめんよぉ、みんな……。お姉ちゃんがバカなせいで……本当にバカなせいでぇぇぇ……」


それでも落ち込んだままのダイヤを見ていたガラの悪い男たちは、さすがに不憫ふびんだと思ったのか、誰もが顔を背けてうつむいている。


彼らがオルコット姉妹を町から追い出そうとしていたことは明白だが、さすがに死人にむちを打つような真似は気が引けたのだろう。


ガラの悪い男たちは何も言えずに、ただ黙ってその場に立っているだけだった。


「泣いても金は返ってこないぞ。それよりも、いつまでここにいるつもりだ」


それでもゲオルグだけは辛辣しんらつだった。


彼は注文したエールの入ったジョッキをグイッと飲むと、ダイヤたちに向かって町を出るようにと言葉を続ける。


ダイヤは顔を拭って立ち上がると、妹たちの制止を振り切って訊ねた。


どうしてそんなに町にいてほしくないのか?


何か住んでいる人間にしかわからない事情があるのかと。


訊ねられたゲオルグは、飲み終えたジョッキをカウンターのテーブルに叩きつけるように置くと、ダイヤをにらみながら答えた。


「貴族なんかに、この町にいてほしくないからだ」

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