第三話 荒事

その挑戦的なルヴィに、尻もちをついていた男が立ち上がって殴りかかった。


だがあっさりと避けられ、反対に足を引っかけられて転ばされる。


仲間がやられると、オルコット姉妹を囲んでいた男らが一斉にルヴィへと向かっていったが、彼女はテーブルの上に飛び乗って華麗に男たちの手を振り切った。


その間もルヴィの頭に乗っているジュエリーは、ムニャムニャとあくびをかいていた。


「ちょこまかと動きやがって! だがいくらテメェがすばしっこくっても、こっちのちっこいはチゲーだろ!」


囲んでいた男の一人が叫ぶと、その手をエメラへと伸ばした。


このままエメラが乱暴されるかと思われたが、寸前のところでサファイアの手が男の腕をつかむ。


男はすぐに青髪の少女の手を振りほどこうとしたが、どういうわけかピクリとも動かすことができなかった。


「ダメじゃないですか、もっと普段から鍛えておかないと」


腕をつかみながらそう言ったサファイア。


彼女に腕をつかまれた男は、その氷のような視線で見られると、震えて振りほどくことすら忘れてしまっていた。


テーブルの上にいたルヴィがその光景を見て、笑みを浮かべながら言う。


「おいおい、サファイア。あんたのほうがよっぽど騒ぎを大きくしそうじゃんよ」


「ワタシはただ手をつかんでいるだけですよ。それに比べてルヴィなんて店内をメチャクチャにしてるし。これをダイヤ姉さんが知ったらなんと言うか……」


「オレだってぶつかりそうになったから避けただけだよ。それにこんなのちょっとした小競り合いだろ? 騒ぐほどのことじゃねぇ」


ケラケラと笑うルヴィと頭を抱えているサファイア。


一方でサファイアの背後にいるエメラは今にも気を失いそうなほどビクビクと怯え、黒猫のジュエリーのほうはというと、ルヴィの頭の上で退屈そうに丸まっている。


男たちは、そんな少女たちを見て「こいつら何者だ?」と動けずにいた。


口の悪い赤い髪の少女に、まるで相手をゴミでも見るかのような目をしている青い髪の少女。


そしてずっと怯えている緑髪の少女と、さっきからずっと頭の上で寝ている黒猫。


シンプルなロング丈のコルセットワンピースを着た、髪の色以外はどこにでもいそうな小娘たちだというのに(と子猫)。


それがどうしてこんな荒事に慣れているのだと、ガラの悪い男たちは動揺を隠せない。


「何事だ、お前ら」


騒ぎが嘘のように静まり返っていた店内に、ガラの悪い男たちの仲間だと思われる者らが現れた。


髭面に黒い短髪の男を先頭に、その後ろにはもう一人の小柄な青年の姿が見える。


ガラの悪い男たちは髭面の男が現れると、笑みを浮かべて男のほうへと移動していった。


サファイアも新たに現れた髭面の男に意識が向いていたせいか、つかんでいた腕の力がゆるみ、手を放してしまう。


「ゲオルグさん! こいつらなんかヤベーんです! ガキのくせに慣れているつーか……ともかくヤバくて!」


ガラの悪い男たちは、ゲオルグという髭面の男になんとかオルコット姉妹のことを説明しようとしていた。


しかし、上手く説明できているとはいえなかった。


先ほどの小競り合いが言葉にはしづらいのはたしかだが、それにしても語彙力ごいりょくの足りなさが浮き彫りだ。


「ルヴィ。気付いてますか」


「ああ、あの髭のオッサンが連中の頭だろうな。見ただけでわかる。他の男どもとはものが違うぜ」


ルヴィはヒョイッとテーブルの上からサファイアとエメラの傍へと移動し、現れたゲオルグという男のことを話していた。


年齢は四十は超えているだろうが。


筋骨隆々の体と、顔に入った深い傷からして他の無法者らとは明らかに雰囲気が違っていることを、彼女たちは悟っていた。


一方でエメラはというと、この状況に不安が隠せず、二人の背後で震えている。


そんな彼女を安心させようとしたのか。


黒猫のジュエリーがルヴィの頭から、エメラの胸に飛び込んで「ミーミー」鳴いていた。


「あの赤い髪と青い髪……ゲオルグさん! 間違いない! あいつら、エアプランツのルヴィとルメス商会のサファイアですよ!」


突然、ゲオルグの背後にいた小柄な青年が叫んだ。


どうやら彼はルヴィとサファイアのことを知っているようだった。


小柄な青年が叫んだエアプランツとは、上流階級のみを狙う義賊として有名な盗賊団で、もう一つのルメス商会のほうは彼らが住む大陸でもっとも大きな商会だ。


エアプランツもルメス商会も、ランペット王国とコルネト王国、二つの大国があるこの大陸でその名を知らぬ者がいないほどの大きな組織だった。


そんな組織の人間が、どうしてこんな国境にあるさびれた町にやって来たのか。


しかもエアプランツとルメス商会に接点があるなど聞いたことがない。


ガラの悪い男たちは激しく困惑し、ルヴィとサファイアを見つめては立ち尽くしてしまう。


「なんだよ、オレたちのこと知ってんのがいんのか。でもオレもサファイアも組織とはもう関係ないぜ」


「ええ、ワタシたちただ姉妹でこの町で生活しようと思っているだけですから」


ルヴィとサファイアがそういうと、ゲオルグが彼女たちへと近づいてくる。


周囲にいたガラの悪い男たちは、そんな彼を止めようとしていたが、ゲオルグの放つ威圧感に声をかけられずにいた。


前に立った筋骨隆々の髭面の男を見返し、ルヴィとサファイアがそれぞれ身構えると――。


「お待たせ! 交渉が終わったよ! さあ、ご飯を食べたらみんなで家の中を見ましょう!」


そこへ白銀の髪をした女――オルコット姉妹の長女ダイヤが飛び込んできた。

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