第二話 酒場
三人はゴゴの町中を進み、酒場を探す。
先ほど馬車から町を見ていたので、店の場所はなんとなくわかっていたのもあって、迷わずに歩を進めることができた。
というよりも、迷うほど町は大きくない。
購入予定の家が町外れにあるとはいっても、少し歩けばもう酒場が見えてきていた。
「たしかこのゴゴの町って、国境にあるんだよな?」
石畳の道を歩きながらルヴィが、サファイアとエメラに訊ねた。
エメラが首をかしげていると、サファイアのほうがコクッと頷く。
「ええ。ゴゴはランペット王国とコルネト王国のちょうど間にあって、どちらにも属していない町だと聞いてます」
「そのわりには治安が良さそうだな。フツーそういう町ってのは、無法者どもが住み着いて犯罪だらけと相場が決まってんだけど……うわぁッ!?」
ルヴィが町を眺めながら答えると、彼女が背負っていた荷物袋の中から小さな物体が飛び出してきた。
それは真っ黒な子猫で袋から飛び出ると、ルヴィの頭に乗っかった。
「いきなり出てくんなよ、ジュエリー!」
「しょうがないよ、ルヴィお姉ちゃん。ジュエリーはずっと狭いところにいたんだから」
驚いて声を荒げたルヴィに、エメラがそう言った。
ジュエリーと呼ばれたこの黒猫は、ダイヤが軍にいたときに拾った猫だ。
戦場で捨てられていたのをダイヤが飼うようになって、今はオルコット家の一員として迎えられている。
ジュエリーはルヴィの頭に乗っかると、そこでゴロゴロと喉を鳴らして、眠りについてしまった。
どうもこの黒猫は、人の頭の上にいると落ち着くようだ。
ルヴィやサファイア、エメラもそんな黒猫に慣れているのか。
気にせずにたどり着いた酒場へと入っていく。
店の中はテーブル席がいくつかあり、そのほとんどが埋まっていた。
席に着いているのは、どれも見るからにガラが悪そうな男たちだ。
男たちは酒場に入ってきた三人に視線を向けると、下品な笑みを浮かべてなにやら話をしていた。
「前言撤回だな。こりゃ治安がいいとは言えねぇや」
「まあ、領主のいない町なんてこんなものでしょうね。それよりも空いている席に座りましょう」
ルヴィがそう言うと、サファイアは相手にしなければいいと答え、三人は奥にあるテーブルへと向かった。
堂々としている姉二人とは違い、エメラのほうはすっかり怯えてしまっている。
まだ十歳の少女にとって、こんなガラの悪い男たちの
とはいってもルヴィもサファイアも、まだ十六歳と十五歳という少女といっていい年齢なのだが。
彼女たちは怖がる様子もなく席に着く。
「おーい、なんか適当に肉料理を出してくれ。あと飲み物もな」
ルヴィが店員だと思われる男に声をかけた。
だが店員の男は返事をせずに、カウンターで両腕を組んでヘラヘラと笑っている。
「聞こえないんですか? 客が注文しているんですよ」
ルヴィに続き、サファイアも声をかけたが、それでも店員の態度は変わらなかった。
二人がムッと顔をしかめていると、彼女たちの席に店内にいたガラの悪い男たちが近づいてくる。
「よう、姉ちゃんたち。見ない顔だな。お前らみてぇなのが、ゴゴに何しに来たんだよ?」
三人を囲むように近づいてきた男たちの一人が、笑みを浮かべながら声をかけてきた。
だがヘラヘラしてはいるものの、その目はまったく笑っていない。
そんな男を見たエメラはその身を震わせ、さらに怯えてしまっていた。
サファイアがそんな妹を抱きよせると、ルヴィは男に答える。
「なんでそんなこと言わなきゃいけねぇんだよ。それともこりゃ新手のナンパか? だとしたらレディを誘う作法を学び直したほうがいいぜ」
からんできた男に対し、ルヴィは軽口を叩いた。
すると男の仲間たちから失笑が漏れて、からんできた男が歯をむき出して彼女をにらむ。
「なにがレディだ。お前ら全員まだガキじゃねぇか」
「そのガキ相手に粋がるのがこの町のマナーなのかよ。ったく、もうちょっとよそもんに優しくできねぇもんかねぇ」
「口の減らねぇガキだな。いいから何をしにここへ来たのかを教えろよ」
男がルヴィへと手を伸ばした次の瞬間――。
目の前にあったテーブルが、男を目がけて飛び上がった。
いきなり向かってきたテーブルに驚き、男は思わずその場で尻もちをつく。
これにはさすがにそれまで笑っていた男の仲間らも態度を変え、ルヴィたちへと詰め寄ってきた。
そんな男たちを見たサファイアは、怯えるエメラを抱きしめながら、大きくため息をつく。
「どうするつもりですか、ルヴィ?」
「どうするも何もこっちはメシを食いに来ただけだぜ。勝手に盛り上がってんのはこいつらじゃん」
「ですが、このままでは騒ぎになりますよ。ダイヤ姉さんからはくれぐれも町の人間とは仲良くするようにと言われてますけど……って、聞いてるんですか、ルヴィ」
サファイアが心配半分、呆れているのが半分といった様子でルヴィに訊ねると、赤髪の少女はゆっくりと椅子から腰を上げる。
そして握った拳を反対の手で包み込んでボギボギと鳴らすと、まるで三日月のような口元になっていた。
「聞いてるよ。でもこういう態度で来るんなら、こっちもそれ相応の対応をしなくっちゃ失礼だろ」
不敵な笑みを浮かべてそう言ったルヴィ。
その頭の上では、黒猫のジュエリーが「ミーミー」と眠たそうに鳴いていた。
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