第一話 辺境の町

木々が生い茂る森を抜け、一台の幌馬車ほろばしゃがとある町へとたどり着いた。


昼間だというのもあって人通りは多いが、住民たちは現れた馬車に向かって好奇の目を向けている。


それは無理もないことだった。


なぜならばこの町――ゴゴは、ランペット王国とコルネト王国の国境くにざかいにあり、どちらにも住めなくなった者たちが集まって出来た場所だからだ。


そういう事情もあって、外から人が訪れることなどめったにない。


そもそも両国どちらにも属していない、いや知られていないことから、町へ来るのはせいぜい住民たちと同じように自国にいられなくなった人間くらいだ。


居場所を失った者が最後に行きつく場所――。


一部では風のうわさとして、そういうふうに語られている町でもある。


「わぁ、やっと着いたね」


幌馬車の荷台から、長い白銀髪に青い瞳を持った女が顔を出した。


女の名はダイヤ·オルコット。


彼女は元ランペット王国の公爵家の令嬢だったが、両親の死――家の没落後にどの貴族の世話にもならず、家族を養うための金を稼ぐと王国軍に入った変わり者だ。


普通、没落貴族が家族と暮らしたい場合どこか貴族の家に入り、その家に取り入って家族を呼び寄せるのが一般的だが、ダイヤはその道を選ばなかった。


誰にも頼らずに自ら危険な道を選び、そして四年後――ついに自分も含めたオルコット家の四姉妹で暮らしていける目処が立ち、軍を辞めてこうして家族と辺境の地へとやってきている。


「へぇ、ここがゴゴか。思ったよりも栄えてそうじゃねぇか」


「辺境と聞いていましたけど、地面には石畳もあって、想像していたよりもちゃんとした町ですね」


ダイヤの背後から顔を出したのは二人の少女。


その一人、赤い髪を一つに束ね、快活そうなのがオルコット家の次女ルヴィで、青い髪をした切れ長の目のほうが三女のサファイアだ。


「今日からここで、アタシたちみんなでまた暮らせるんだね」


外を眺める三人に声をかけた少女の名は、エメラ·オルコット。


エメラは四姉妹の末っ子で、緑色の髪をした優しそうな女の子だ。


彼女たち姉妹は髪の色こそ違うが、オルコット家の特徴である青い瞳を見れば、四人の血のつながりを確認できる。


「そうだよ、エメラ! お父さまとお母さまが事故で亡くなってからの四年間、それぞれ別のところで生きてきた私たちだけど……でも、これからはこのゴゴの町で、また姉妹みんなで暮らしていけるんだよ!」


ダイヤはエメラに答え、姉妹たちに向かって両手を広げた。


彼女の身長が百八十を超えるほどあるせいか、長い手足を大きく伸ばした態勢は、まるで目の前にいる妹たちを包むような印象を受ける。


そんな姉を見た三人は、それぞれダイヤに微笑みを返した。


「なにを当たり前のこと言ってんだか、ダイヤ姉は」


「ルヴィの言う通りです。そんなことよりもダイヤ姉さん。移動中の馬車内で立ち上がったら危ないですよ」


赤髪の次女ルヴィがからかうように答えると、三女のサファイアも彼女に続いた。


サファイアは十六歳になったルヴィの一つ下だが、友人のような関係のせいか姉さんとは呼んでいない。


ルヴィのほうも特に気にしていないのもあって、彼女たち姉妹の中でも特に気が合っているのだと理解できる。


「大丈夫よ、サファイア。私のバランス感覚はこんな揺れぐらいじゃ……うわぁ!?」


「ダイヤお姉ちゃん!?」


サファイアが言ったそばからバランスを崩した姉を支えようと、エメラが飛び出した。


その小さな体で手足の長い姉の体を受け止め、おかげでダイヤは倒れずにすむ。


そんな二人を見て、ルヴィがため息をつきながら言う。


「ったく、危ねぇな。エメラがいなかったら転んでたぞ」


「いやいや面目ない。ありがとうね、エメラ。おかげで助かったわ」


ハハハと乾いた笑みを浮かべ、支えてくれたエメラに礼を言ったダイヤ。


そんなやり取りをしているうちに目的地へとたどり着き、オルコット家の四姉妹は馬車から降りた。


そこは町外れにあった一軒家だ。


外観こそ古びているが、四人が住むには十分な大きさがある建物だ。


馬車の御者ぎょしゃをしていた商人の男が御者台から降りて、ダイヤに声をかける。


「話していた物件はこれだよ。さあ購入するかどうか決めてくれ。って言っても、こんな辺境まであんたらと荷物を運んだんだ。買ってもらわないとこっちは商売あがったりだけどな」


「安心してください。中を確認して頼んでいた条件通りなら絶対に買いますから」


ダイヤはそう返事をすると、再び建物を見る。


そしてガバッと妹たち三人を抱きしめて、いきなり声を張り上げた。


「さあ、あなたたち! 今日からここが私たちの家になるんだよ!」


「中を確認してから決めるんじゃねぇのかよ……」


ルヴィが呆れながら言い返すと、サファイアとエメラの顔から思わず笑みがこぼれた。


さっき自分で購入するかは頼んでいた条件に見合った物件ならばと言ったばかりなのにと、実に姉さんらしいと思い、二人はつい笑ってしまったのだ。


「まあまあ固いこと言わないの。それじゃ、私は建物内の確認と購入手続きをするから、あなたたちは町でお昼ご飯でも食べてて。ちょうど来る途中に酒場があったし。そこでね」


ダイヤに促されたルヴィ、サファイア、エメラ三人は、彼女に言われるがまま、とりあえずその酒場へ向かうことにした。

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