没落貴族の四姉妹 ~国境の町でみんなとパイを作って暮らします~

コラム

プロローグ

不幸は突然訪れる。


ランペット王国の貴族――オルコット公爵こうしゃくとその夫人が、ある日に馬車の事故で亡くなった。


残された娘である四姉妹は、両親と親しかった貴族たちに、その後のことをゆだねるしかなくなった。


長女は婚約者だった伯爵はくしゃく家へ。


次女は両親と親交があった貴族の家へと行くことが決まり、三女のほうは、ぜひ彼女を引き取りたいという高名な商人が面倒をみることになった。


末っ子であった四女はというと、彼女を養ってくれる者が現れず、修道院へ預けられるという話になる。


四姉妹はみんながバラバラになることを嫌がったが、「まだ幼いお前たちだけで暮らしていけるはずがないだろう」と、言い負かされた。


貴族たちはさらに言葉を続け、「いいから大人の言うことを聞きなさい。これがお前たちのためなのだ」と、四姉妹の意見など聞こうともしない。


だが長女は貴族たちに言った。


父の財産と爵位を受け継ぎ、自分がオルコット家の当主となって、姉妹たちの面倒をみると。


彼女の決意に、貴族たちはそろって笑い返した。


たかが十五歳の娘に、そんなことができるはずがないだろう。


悲しい話だが、オルコット家はもう終わりだ。


財産の整理は自分たちに任せて、お前たちはそれぞれ預けられた先で幸せになることだけを考えればいい。


そう――。


最後の言葉からわかるように――。


貴族たちはオルコット家の財産を、勝手に分け合っていた。


四姉妹の両親と親しかったのも表面的だけで、落ち目になればいつでも寝首をかく、そんな関係だった。


それは別にめずらしいことでなく、彼らが悪人ということではない。


権力争いはいつの時代でもあり、一見して良好な関係であってもこういう事態は起こる――それが貴族社会だ。


出る杭は打たれ、弱みを見せれば即座にすべて奪われる。


貴族社会では、誰もが自分の家のことしか考えていないのだ。


もう家族で暮らすことが不可能だと悟った姉妹たちは、その場で打ちのめされていた。


彼女たちは涙を流し、次女は歯を食いしばって床を叩き、三女は泣き喚く四女を抱きながら目を閉じ涙を堪えている。


しかし、長女だけは違った。


彼女は背筋を伸ばし、オルコット家の特徴である青い瞳に強い意志を宿らせている。


それはまるで周囲を威圧するかのようだったせいか、貴族たちが思わず後ずさってしまうほどだった。


長女は妹たちを包み込むように抱くと、険しい顔を一変させて穏やかな声で言う。


「大丈夫だよ、みんな。私が絶対に迎えに行くから。そしたら家族みんなでまた一緒に暮らせるからね。だからそれまでの間、少しだけ待っていて」


後ずさっていた貴族たちだったが、長女の発言を聞いて急に鼻を鳴らし始めた。


そもそも長女は婚約者のもとへ行き、その家の人間になるのだ。


公爵だった両親が健在だったのなら話は別だが。


たとえ将来――その家の当主夫人になろうとも、没落した貴族の娘にそんな権限が与えられるはずもない。


むしろ婚約を破棄はきされなかっただけでも、幸運だったと思うべきだ。


そんな肩身の狭い立場で妹たちを引き取れるとでも思っているのかと、貴族たちは長女を浅はかだと笑い飛ばした。


長女は妹たちを抱いていた状態から立ち上がると、笑う彼らのほうへと振り返る。


「婚約はこちらから断らせてもらいます。家の財産が手に入らないなら、私が働こうと考えてましたから」


貴族たちを見据えた長女は言葉を続けた。


オルコット家がなくなったのならば婚約の必要はない。


もう貴族のしがらみや、権力争いなどに巻き込まれて不快な思いなどしたくない。


これからオルコット家の四姉妹は、自分たちの力で生きていく。


それでも多くの人にお世話になり、迷惑もかけてしまうだろうが、少なくとも目の前にいる貴族たちとはもう二度と関わらないと、長女は静かながら力強い声で言った。


彼女に怯んでいた貴族たちだったが、すぐに言い返した。


まだ幼く、働いたこともない小娘に本当にそんなことができると思っているのか。


それに一体どうやって妹たちを養っていくつもりだ。


世の中はそんな甘くないと、長女を言い負かそうと各々が声を荒げていた。


長女は、そんな貴族たちの声をかき消すように答える。


「そのくらい知っています! だから私のような子どもでも、手っ取り早く稼げる仕事を探して、そして見つけました」


貴族たちはたじろぎながら訊ねた。


それはどんな仕事だ。


まさか娼婦とかいうつもりはないよなと、小馬鹿にしたような態度で長女に訊いた。


長女は答えた。


没落したとはいえ、自分は公爵家――オルコット家の両親に育てられた娘だ。


どんな理不尽なことがあろうとも、両親と妹たちが悲しむようなことで金を稼ぐようなことはしない。


「ですけど、体を売るって意味では一緒かもしれません。……私は軍に入って兵士となります」


そして長女は、金を稼ぐ方法を口にした。


彼女たちが住む国――ランペット王国は大陸の北部にあり、南部にあるもう一つの国――コルネト王国とは、数十年前からずっと戦争状態だ。


そのため常に兵の数が必要とされており、徴兵を嫌がる人間も多いせいか、国は自分から軍に入る者を金銭的に優遇ゆうぐうしている。


さらに軍に入るのに年齢も性別も関係ない。


まだ十五歳の小娘である長女としては、金を稼ぐ職としてこれほど手っ取り早い方法は他にないといえた。


「私は絶対に生きて帰って、また一緒に家族みんなと一緒に暮らす! わかったら私たちの前からさっさと消えてください! 貴族の皮を被ったハイエナども!」


長女の宣言から四年後――。


物語は四姉妹が再び集まり、国境にある町へとたどり着いたところから始まる。

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