最終章 娘と短刀

7-1

長い夜が明け、激闘のあとをしんしんと降り積もる雪が隠していく。


「伶龍……」


刀からはもう、彼の声は聞こえない。

もう、彼はこの世にいないのだ。


「嘘だと言ってよ……」


折れてしまった刀を抱き、仮設司令所で丸くなる。

祖母は穢れの足に大きく身体を抉られ、危篤状態だ。

曾祖母は無事だが全身打撲で動けない。


「……翠さん、手を」


救護員の女性から声をかけられた。

返事をせずにいたら彼女は私の前に座り、両手を取った。


「痛くないですか」


てきぱきと血だらけの私の両手を消毒し、彼女は包帯を巻いていく。


「ここは我々に任せて、あなたも病院へ行ってください」


彼女の後ろに立っている、柴倉さんの声が頭の上から降ってくる。


「でも、伶龍、が」


きっとすぐに、「なに泣いてんだよ」って笑いながら戻ってきてくれるはず。

そう信じて、ここから一歩も動けずにいた。


「伶龍はもう、いないんです。

あなたが抱いているそれが証明しているでしょう?」


柴倉さんから指摘され、びくりと刀を握る手が反応する。


「でも。

……でも!」


勢いよく顔を上げると、柴倉さんと目があった。

彼は憐れむ目で私を見ている。


「伶龍はもういないのです。

現実を受け入れなさい」


なにも言えなくなって、また俯いた。

伶龍は私を庇って折れた。

死んだのだ。


女性に伴われて病院に向かう。

そこでは威宗と春光が待っていた。


「威宗。

ばあちゃんは?」


「予断を許さない状況ではありますが、命は取り留めました」


「そう」


それを聞いて、とりあえずほっとした。


「春光。

大ばあちゃんは?」


「薬が効いて今はぐっすり眠っています。

『穢れに吹っ飛ばされて受け身も取れないなんて、私も耄碌したね。

よくなったら翠と一緒に鍛錬をしようかね』なんて笑っていましたから、大丈夫です」


思い出しているのか、おかしそうに春光が笑う。


「さすが、英雄だね」


それに少しだけ、笑って返しておいた。


私も疲労が酷く、二、三日の入院が言い渡された。


「つか、れた……」


個室のベッドに、倒れ込む。


「……伶龍」


折れてしまった刀は、二度と元に戻らない。

もう二度と私は、伶龍に会えないのだ。


「……嘘つき」


死なないって約束してくれた。

なのに彼は、折れてしまった。


「……バカ。

伶龍の、バカ。

戻って、来てよ……」


刀を抱き締めるが、もうなにも言わない。

不思議と涙は、出なかった。




祖母の意識も戻り、安心したのも束の間。

新たな問題が持ち上がった。


「……陽性」


検査薬の結果を見て、どうしていいのかわからなくて戸惑った。

私は――妊娠、していた。


誰に相談していいかわからず、悩んだ末に曾祖母に話す。


「大ばあちゃん。

……子供が、できた。

どうしたら、いい?」


訪ねてきた私を見てなにかを悟ったのか、春光は部屋を出ていった。


「そうさね。

翠ちゃんは、どうしたい?」


「……産みたい」


これは彼が、私に残してくれたものだ。

倫理的に責められようと、堕ろすなんて選択肢はない。


「わかった。

光恵にも話しておくよ」


「ありがとう、大ばあちゃん」


誰の子だとか聞くことなく、あっさりと曾祖母が受け入れてくれて悟った。

巫女とは、神の花嫁。

神である刀と契り、その力を得る。

だから伶龍と契った私は、穢れの核が見えるようになった。

授かった子は神の加護を受ける。


「だからか……」


ずっと不思議だったのだ。

母が死んだとき、まだ刀を授かっておらず、加護を受けていない子供の私が穢れの汚染液を頭からかぶり、無事だったのが。

大人でも命の危険があるのだ、子供ならひとたまりもない。

しかし私は、寝込みもしなかった。

あれは、生まれながらに神の加護を得ていたからに違いない。


「じゃあ……」


私の父親は、蒼龍だ。

祖父……母の父親は威宗。

祖母の父親は春光。

きっと代々、神祇家の女たちは刀と契ってきた。

しかし神様とはいえ人外、そんな存在と身体を重ね子をなすなど、倫理的に認められようはずがない。

だから公然の秘密とし、誰もが口を噤んだ。


「そうなんだ……」


そっと下腹部を撫でる。

愛しい、伶龍と私の子供。

この子もまた、素敵な刀を選ぶといいな……。

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