6-4

「大丈夫だ、あのばばぁは殺しても死なねぇ」


伶龍が呆れたような笑みを浮かべる。


「……そうだね」


そうやって彼が、私を元気づけてくれているのがわかった。

そうだ、祖母がこれくらいで死んだりするわけがない。


「伶龍。

私たちでやるよ」


じっと、目の前に壁のように立ち塞がっている穢れを見据える。


「光子は待たなくていいのかよ」


「うん」


落ちていた、祖母の矢を拾って立ち上がる。

曾祖母は確かに往年の英雄だが、現場に出なくなって久しい。

それに年も年だ、さっきよりも厳しい戦いになるはず。

なら、私がやればいい。

それに、なぜかできそうな気がしていた。


「私たちでやろう」


「了解」


にやりと不敵に笑い、伶龍が私の隣に立つ。


「オマエは矢を射るのだけに集中しろ。

足は全部、俺が防いでやる」


「任せた」


「よしっ、やるぞ!」


伶龍が跳躍し、迫ってくる足へと向かっていく。

私は弓に矢をつがえ、ぎりぎりと引き絞った。

だが、どこに打っていいのかわからない。

やみくもに打っても、矢を無駄にするだけだ。

その姿勢でじっと狙いを定めていると、穢れ本体の中になにかが見えた気がした。


「み、える……?」


蟲でできた分厚い壁の向こう、赤く輝く点が見える。

もしかしてあれが、核なんだろうか。

そう信じて、それめがけて矢を打った。

放たれた矢は目標に向かって蟲たちの中を勢いよく進んでいく。

しかしそれはすぐに、失速して止まった。

進んだ分、蟲が散って穴があいたが、祖母よりは小さい。

やはり、私ではダメなんだろうか。


「翠、諦めんな!」


向かってきた足を、伶龍が刀ではじき返す。

そうだ、ここで弱気になってはダメだ。

なんとしても穢れを倒すんだ。


「ごめん!」


短く謝り、再び矢をつがえる。

威力が弱いのなら、蟲が戻るよりも早く、何度も射るだけだ。

それに速射なら、祖母から褒められている。


赤く光る一点に向かうよう、集中してできるだけ早く矢を射る。


「翠!」


そのうち、曾祖母と春光が私たちのもとへ辿り着いた。


「大ばあちゃん!」


返事をしながらも矢を射続ける。

もしかして変われと言われるだろうか。


「アンタがやんな!

わたしゃ援護するよ!」


少しのあいだ私の様子を見たあと、曾祖母は弓をかまえて向かってくる足の軌道を変えた。


「うん!」


それを視界の隅に収めながら、引き続き矢を射る。

たぶん曾祖母は、私が見えているのに気づいたのだろう。


少しずつ、しかし確実に、蟲の穴は大きくなっていく。

そのあいだ、伶龍が、曾祖母が、春光が私を守ってくれた。

けれど曾祖母はやはり、そろそろ限界が近い。

早く、核を壊さなければ。


「あとすこ……しっ!」


放った矢が蟲の中へめり込み、ようやく核が露出した。


「伶龍!」


「おう!」


私のかけ声とともに、伶龍が穢れに向かって跳躍する。

御符をセットした矢をつがえ、弓をかまえた。


――おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーん!


矢を放った瞬間、ものすごい咆哮とともに穢れの足がこちらへと向かってくる。

伶龍が狼狽えた顔でこちらを見たが、黙って首を振った。

すぐに頷き、彼が引き締まった表情になる。


「ぐわっ!」


防ごうとしたが力が足らず、曾祖母と春光が足に吹っ飛ばされる。

足が私へと迫ってくるが、矢の射すぎで手からは血が流れ、もう弓を引く力すら残っていない。


……ああ。

今度こそ死ぬのかな。


遙か先にいる、伶龍へ視線を向ける。

そこでは泣き出しそうな表情で彼が、核を切るところだった。


……まさか、核が三つあるとかないよね。


静かに目を閉じ、そのときを待つ。

しかし、いくら待っても痛みはこない。

おそるおそる目を開けると、私に覆い被さる伶龍が見えた。


「絶対に俺が、翠を死なせねぇって言っただろ?」


右の口端をつり上げ、彼がにぃっと笑う。


「れい……りょう?」


彼の胸からは穢れの黒い足が、赤く濡れて光って生えていた。


「オマエが無事なら、それでいい」


私の頬を撫で、眼鏡の下で伶龍が目尻を下げて優しげに笑う。


「……ダメ。

ダメだよ、伶龍!」


穢れの足が、次第に消えていく。

すべて消え去ったとき、ぱきんと伶龍が折れる音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る