7-2
それから。
あの穢れは〝特異型〟と分類された。
核がふたつあるなどありえない。
いや、祖母は文献で読んだことがあると言っていた。
それをもとに、研究が進んでいる。
――うおおぉぉぉぉぉーん。
遠く、穢れの唸り声が聞こえてくる。
腰の短刀を確認し、弓を掴んで立ち上がった。
「……来た」
「そうですね」
隣に座っていた男――
雪永は伶龍が折れたあと、新たに授かった刀で、物静かでおとなしく、切れ長な目が涼やかなイケメンだ。
きっと初めて刀を授かったあの日、伶龍ではなく彼が顕現していれば、私は大喜びしていただろう。
しかし今は、俺様で傍若無人だった伶龍が懐かしい。
「行くよ」
「はいっ!」
私が走り出すと雪永もついてくる。
すぐに穢れ本体が見えてきた。
私が弓を射る間、雪永は指示をしなくても穢れの攻撃から私を守ってくれる。
「雪永!」
「はいっ!」
核が露出し、彼へ指示を出す。
雪永が走り出したのと同時に、御符をセットした矢を射た。
御符が核に貼り付き、雪永が叩き切る。
すぐにピシリとヒビが入り、核は崩壊した。
「お疲れ様でございました」
「雪永もお疲れ」
仮設司令所に戻ってきて、雪永が労ってくれる。
伶龍と違い雪永は手順を無視して御符が貼られる前に核を切ったりしない。
もちろん、喧嘩もしない。
それが当たり前なのに、物足りなく思っている自分に苦笑いしてしまう。
「お疲れ様でした。
今回も見事な戦いぶりでしたね」
「ありがとうございます」
そのうち柴倉さん――柴倉Jr.が顔を出した。
前に担当していた柴倉さんは定年退職し、なんの因果か今は柴倉さんの息子が担当している。
「それで。
翠さんグッズの件、考えてくれましたか?」
にっこりと柴倉さんは笑ったが、どこからどう見ても胡散臭い。
「あー、いやー……」
私は歯切れが悪いが仕方ない。
企業からのオファーがあり、巫女と刀のグッズを作らないかと柴倉さんから提案されたのは、つい先日の話だ。
デビューしたての頃は史上最低の巫女だなんだと散々だった私だが、特異型大穢れ討伐から英雄扱いされていた。
実績が伴わなければ虚しいだけだが、雪永とペアを組んでからも連戦連勝。
ヘマをやって汚染液をまき散らしたりもしていない。
半ばアイドル扱いされ、グッズ化を断ること多数。
しかし彼は諦めないらしく、すぐに次の話を持ってくる。
「それはお断りします……」
「それは残念です。
気が変わったらすぐに言ってくださいね!」
ぎゅっと私の手を握り、うんうんと頷いて彼は去っていった。
「……しつこい」
私の口からため息が落ちていく。
あの様子だとまたすぐに、新たなグッズ化の話を持ってきそうだ……。
「ただいまー」
「あっ、帰ってきた」
家に帰ったら娘の
それが伶龍に重なる。
やはり、親子だから似るのかな。
「あんた、いい加減に決めなさいよ」
「えー。
だってあんなにいっぱいあったら、わかんないんだもん。
ヒント!
ヒントをちょうだい!」
伶華があのときの私と同じようなことを言い、つい笑っていた。
伶華も年が明ければ数えで二十歳。
刀を選ぶ年になっていた。
「直感で選ぶしかないよ」
雪永がコーヒーを淹れてくれたので、伶華と一緒にお茶にする。
「お母さんはどうやって決めたのよ?」
「んー?
鍵をばーっと部屋中にばら撒いて、目をつぶって手が当たった鍵に決めたよ」
掴んだ鍵は私の誕生日と同じ数字で、運命だと思った。
最初は喧嘩ばっかりでハズレだとか後悔もしたけれど、今では伶龍が最強の刀だったって胸を張って言える。
「えー、ヤダよー、そんな。
だって折れない限り、その刀と一生一緒なんでしょ?」
「まあ、ね」
歴代巫女の中で、刀が折れて複数の刀と一生を供にしたものなど珍しくない。
大ばあちゃんだって春光が三振り目だし、次々と折って最終的に十振りになったものもいる。
「そんなに気負って選ぶことないよ。
……折れるんだし」
――刀は消耗品。
あのあと、落ち込む私に周りの人間は何度もそう言い聞かせた。
だからあんなにも刀が準備してあるんだってわかっている。
でも、ならば人の形などをして、情を通わせるようなことをさせないでほしい。
でないと失ったあとの喪失感に耐えられない。
「んー、もうちょっと悩むよ」
「早く決めてよ。
準備だってあるんだし」
「わかったー」
おやつも食べ終わり、椅子から立つ。
伶華と別れて自室へ戻り、常にそばに置いてある短刀を抱き締めた。
「伶龍……」
この短刀は折れた伶龍を、新たに短刀として蘇らせたものだ。
折れた刀は接げないが、短い脇差しや短刀として蘇らせることはできる。
伶龍は砕けずに綺麗に二つに折れたため、永久封印になるところを短刀として作り替えてもらった。
「応えてよ、伶龍……」
そっと鞘から引き抜くが、綺麗な白刃が姿を現すばかりで人の姿は現れない。
一応、刀としての番号はもらったが、もう顕現はしないだろうといわれていた。
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