2-5

とりあえず綺麗にしてこいと言われ、簡易シャワー室でシャワーを浴びる。


「ううっ、冷たい……」


真冬に真水のシャワーは身を切るように冷たい。

しかし穢れがまき散らした液体は触れれば障りがあるため、浄水で清めなければならないので仕方がない。


「せめてお湯で温まりたい……」


愚痴ったところでここにはそんなものはないのだから諦めるしかない。

簡易シャワー室だって不用意にあれにさわってしまった人用の、念のためのものだし。


準備してあったジャージに着替え、シャワー室を出る。


「お疲れ様でございました」


控えの場所でパイプ椅子に座ったところで、威宗がお茶を出してくれた。


「ありがとう。

……温かい」


湯飲みを掴むと冷え切った指先がじんじんと痛む。

ふーふーと少し吹いて冷まし、ひとくち飲んだ。

ゆっくりとお茶が身体を内側から温めていき、ほっとした。


「立派な初陣でございましたね」


威宗の声に皮肉の色はない。

それがますます私を落ち込ませた。


「……お世辞はいいよ」


俯いたまま飲み干した湯飲みを威宗に返す。

穢れは一応、祓えたので任務は遂行できたといってもいい。

しかし私たちが手順をきちんと踏まなかったおかげで町は大惨事だ。


「いいえ。

翠様は民を穢れの禍から救ったのです。

胸を張ってください」


きっぱりと力強く、威宗が言い切る。


「……ありがとう」


おかげで少しだけ、元気が出た。


「そういえば、伶龍は?」


もう身を清めおわっていてもおかしくないのに、姿が見えない。


「そろそろ……」


「見たか!

俺の実力!」


威宗の声を遮り、伶龍が騒がしく姿を現した。

私はお茶を飲んで幾分温まったとはいえまだガタガタ震えているのに、彼はほかほかに温まっているように見えた。


「なにが『見たか!』よ!

あんたのせいで町がどうなっているのか、よく見なさい!」


首根っこを掴んで伶龍の顔を無理矢理外へと向ける。

真っ赤に染まった町では防護服姿の人たちが除染作業をしていた。

今回は小規模だったとはいえ、何日くらいかかるんだろう。

そのあいだ、被害地域の人たちには不自由をかけてしまう。


「なんだよ、穢れは祓えたんだからいいだろーが」


伶龍は唇を尖らせてふて腐れているが、そういう問題ではないのだ。


「よくない。

だいたい、あんたが段取り無視してひとりで突っ走るから……!」


「ガタガタうっせーな!

結果よければすべてよしだろ!」


「はいはい。

あんたたち、どっちもどっちだよ」


いがみあっていた私たちの目の前に手が現れ、私と伶龍を引き剥がす。


「だって、伶龍が」


文句を言おうとして固まった。

そこには祖母が額に青筋を浮かせて立っている。

さらにその後ろには笑顔だが口端が引き攣っている、役人の柴倉さんが控えていた。


「す、すみません……」


バツが悪くなり、すごすごと引き下がる。


「座りな」


「は、はい」


祖母に命令され、傍にあるパイプ椅子に腰掛ける。

地面に正座と言われなくてよかった。

それほどまでに祖母はお怒りモードだ。

まあ、わかるけれどね。


「伶龍、オマエもだよ」


祖母の隣でニヤニヤ笑って高みの見物をしようとしていた伶龍だが、自分も命令されて驚いている。


「さっさと座りな」


「……はい」


低い声で重ねて命じられ、さすがの伶龍もおとなしく私の隣に座った。


「まずは初陣の勝利、おめでとう」


嬉しそうに顔を輝かせ、伶龍の頭がぱっと上がる。


「だが!」


祖母が頭を押さえつけるような怒気を孕んだ大きな声を出し、伶龍共々びくりと大きく身体を震わせた。


「なんだい、ありゃ。

穢れを前にして喧嘩?

随分余裕だねぇ」


わざとらしくため息を吐き出した祖母は皮肉たっぷりで身体が縮こまる。


「それでも無事にお役目さえこなせば文句は言わないよ。

無事にこなせれば、ね」


さきほどまで凍えるほど寒かったはずなのに、だらだらと汗を掻いた。


「で、でも!

伶龍、が……」


それでも果敢に言い訳を試みるが、祖母から眼光鋭く睨まれ、声は次第に小さくなって消えていく。


「言い訳するんじゃないよ。

刀の制御は巫女の勤め。

伶龍の制御は翠の勤めだ」


「……はい」


俯いてきつく唇を噛んだ。

そんなの、私だってわかっている。

でも、伶龍はいくら言ったところで私の言うことなんて聞いてくれない。

あーあ、なんでこんな刀選んじゃったんだろ。

我が儘で傍若無人、さらに俺様。

見た目だって全然私の好みじゃない。

後悔ばかりが頭の中をぐるぐる回る。


「伶龍。

気が逸るのはわかるが、ちーっとはまわりを見な。

翠が御符を射込む時間くらい、待てるだろ」


「……うっせー」


小さく悪態をつき、足を組んだ膝に頬杖をついて伶龍がそっぽを向く。


「……れいりょー」


「ひっ!

わ、わかったよ」


祖母に地の底から響いていそうな声で名を呼ばれ、小さく悲鳴を上げて伶龍は姿勢を正した。


「まあ、穢れを祓ったこと自体は褒めてやる。

よくやった」


にかっと祖母が笑い、その場の空気がようやく緩んだもの束の間。


「ええ、ええ。

穢れを祓えたのはよかったですけどね。

除染にいったい、いくらかかるのやら。

ええ、祓えずに穢れがまき散らす禍に比べたら、確かに費用は少ないですが。

それでも除染費用は特別計上が必要ですからね。

いったい何枚、書類を書いて会議を通さねばならないのか……」


小声で、さらに早口で柴倉さんが捲したて、最後に憂鬱なため息をつかれて一気に背筋が冷えた。

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