2-3
お告げが下ったので大急ぎで穢れを祓う準備が整えられる。
出現想定日前日から該当地域の人間はすべて避難。
私たちはその地区にある中学校校庭に設置されて仮設司令所に詰める。
「緊張する……」
巫女服姿で弓を抱き、パイプ椅子に座って私はガッチガチになっていた。
「そんなに緊張する必要ないだろ。
私も控えているんだし」
「あいたっ!」
背中を思いっきり叩いた祖母を恨みがましく見上げる。
……控えているって、よっぽどヤバい状態にならない限り出てこないって言ったじゃない。
小さくため息をつき、威宗が淹れてくれたお茶を飲んで少しでも落ち着かないか試みる。
そんな私とは反対に伶龍は。
「早く来い、早く来い、早く来い……!」
私の隣で同じくパイプ椅子に座り、待ちきれないかのように激しく足踏みをしていた。
なにをそんなに興奮しているのか私には理解できない。
一歩間違えば――死ぬ、のに。
母は私が小学校に上がる前、穢れと相討ちになって死んだ。
私はそれを、目の前で見ていた。
だって母は、私を庇って死んだのだ。
あの光景は今でも今日のように思い出せる。
私の無事を確認して微笑んだ直後、真っ赤な血を吐き出す母。
母の胸から突き出た、穢れの赤黒い足。
この世のものとは思えない悲痛な蒼龍の叫び声のあと、私の泣き声をかき消す土砂降りの赤い雨。
忘れたくても忘れさせてくれない。
今回は小さな穢れだから大丈夫だと祖母は言っていたが、それでも恐怖は拭えなかった。
予想の刻限が近づいてきて、祖母と威宗、伶龍と最終確認をする。
「えっと。
矢を打って核を覆う蟲を蹴散らす」
「それから?」
「核が露出したら封じの御符を矢で刺す」
「うん」
祖母があっていると頷く。
伶龍はずっとそわそわしっぱなしで、話が耳に入っているのか怪しかった。
「そのあいだ、伶龍は?」
予感的中だったらしく、祖母の問いに彼からの返事はない。
「伶龍!」
「うっ」
祖母に強い声を出され、伶龍はようやくそろりと祖母へと視線を向けた。
「初陣で気が逸るのはわかるが、落ち着きな」
「お、おう」
仕方ないといった感じではあるが、伶龍は祖母の言うことを聞いている。
よっぽど祖母が、怖いらしい。
「翠が核に御符を刺すまでは、伶龍は翠の援護だよ。
わかったかい?」
「お、おう」
祖母に軽く睨まれ、伶龍が怯え気味に返事をする。
けれど本当にわかっているのかは疑わしい。
「最後は……」
「俺が核を叩き切る!」
自信満々に伶龍が宣言する。
「そうさ、簡単だろ?」
祖母の言い草はまるで初めてのお使いの説明でもしたかのようだが、相手は穢れ。
そんなに簡単にいくものでもない。
「ううっ。
上手くできるかな……」
練習はもちろん、日々している。
それでも練習と本番は違うわけで。
しかも。
「なあ、まだ?
まだなのか?」
今にも詰め所を飛び出ていきそうな伶龍をちらりと見る。
「ねえ。
今の段取り、ちゃんと理解した?」
「あ?
俺が核に刀ぶっ刺してトドメ刺せばいいだけだろ」
不機嫌そうに彼が私を睨む。
そうなんだけれど!
そうなんだけれど、そのためには手順を踏まなければ小さな穢れでも大惨事なんだってば!
「大丈夫ですよ、私からも何度も説明してありますし」
苦笑いで威宗がフォローしてくれるが、本当に大丈夫なんだろうか……。
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