第二章 勝利だけど大失敗

2-1

「伶龍、なにやってんの!」


なにかおやつがないかと台所へ来たら、伶龍がいた。

それはいい。

私だって物色しに来たんだし。

問題はその口に咥えられ、さらに腕にまで抱えられているまんじゅうだ。

あれはそろそろやってくる、政府の高官たち用に準備していたもののはずだ。


「ヤベッ、見つかった!」


しかし伶龍は私に見つかったとわかるやいなや、猿のように飛んで逃げていった。


「ちょっ、待ちなさい……!」


追いかけて台所を出たが、もうその辺りに彼はいない。


「くっそー!」


地団駄を踏んだところで仕方ない。

伶龍が台所で食料を食い荒らしたのはもう、一度や二度ではない。

来客用のお菓子はもちろん、準備のできていたおかずをやられたこともある。


「刀に食欲はないはずなのに……」


はぁーっと私の口からため息が落ちていく。

刀は食事が必要ない、嗜好品程度に口にするだけだと聞いていた。

実際、春光も威宗もそれくらいしか食べない。

しかし伶龍は欠食児童のごとく、いつも食べ物を漁っていた。


「とりあえず威宗に言って新しいのを買ってこないとね……」


また私の口からため息が落ちていく。

刀の不始末は主の不始末と、伶龍が盗み食いした分は私のお小遣いから補填されていた。

いや、威宗はいいと言ってくれたのだ。

けれど祖母が許してくれない。

あの、頑固ばばぁめ。


そんなわけで伶龍が顕現してからというもの、私のお小遣いはピンチだった。

なら働けといわれそうだが、大学生と巫女の二足のわらじではバイトをするほどの余裕はない。

巫女のお勤めも多いし。


「ううっ。

穢れ、出現しないかな……」


あんなもの出てこないのが一番いいのは身をもって知っているが、それでもつい口から出ていた。

穢れを祓えば特別手当が出るのだ。


威宗にまた伶龍にやられた詫びを入れる。


「大丈夫ですよ、その分を見越して多めに買ってありますから」


苦笑いしながら彼はすぐに許してくれた。

本当にできた刀だ。

伶龍も見習ってほしい。


お菓子問題は解決したけれど誰かに愚痴を聞いてほしくて、曾祖母の部屋を訪れる。


「大ばあちゃん、いるー?」


「翠ちゃん、いらっしゃい」


なにやら本を読んでいた曾祖母は顔を上げてにっこりと笑い、私を迎えてくれた。


「もー、聞いてよ。

また伶龍がさー」


「僕、お茶を淹れてきますね」


座った私とは反対に、春光が立ち上がる。


「え、いいよ」


「いえいえ。光子みつこ様も喉が渇いていると思いますし。

では」


私に会釈し、春光が出ていく。

威宗といい、本当にできた刀だ。


「ねー、大ばあちゃん。

春光は最初からああだったの?」


伶龍はまだ、人の姿になって日が浅い。

だからあの態度なのだと思いたい。


「そうさねぇ、春ちゃんは最初から手のかからない、いい子だったよ」


曾祖母は春光を息子のように〝春ちゃん〟と呼ぶ。

それがいいなと思っていた。


「そっかー……」


ということは伶龍のあれは規格外なんだろうか。

こうは言いたくないが、やはり〝ハズレ〟を引いてしまったのかと後悔ばかりが思い浮かぶ。

適当に選ばないで、もっと真剣に向かいあっていれば。

いや、真剣に向かいあった結果、行き詰まってあれになったのだが。


「大丈夫だよ、翠ちゃんもそのうち、あの子と仲良くなれるよ」


項垂れてしまった私の背中をぽんぽんと叩き曾祖母は慰めてくれるが、私はそんな気がまったくしなかった。


そのうちお茶を淹れて春光が戻ってくる。


「あーあ。

私の刀も春光みたいなのだったらよかったのに……」


贅沢は言わないから私の苦手な威宗でもいい。

それなら少なくとも儀式で恥を掻かずに済んだ。


「ご苦労されているみたいですね」


春光が苦笑いを浮かべる。


「もーさー、全然言うこと聞いてくれないし……」


別に食べたいなら食べてはいけないなんて言わない。

ただ、盗まないで言ってくれと注意しただけなのに「俺に指図するな」とキレられた。

万事がこんな感じで、これで穢れが祓えるのかと気が重い。


「大丈夫ですよ、きっとすぐに打ち解けられますって。

僕も最初は光子様がとても怖い方に見えて、いつ怒られるのかとびくびくしていましたから」


春光はおかしそうに笑っているが、この曾祖母が怖い?

私から見ればひ孫に甘いただのお婆ちゃんで信じられなかった。


曾祖母と春光に愚痴を聞いてもらい、幾分すっきりして自分の部屋に戻るついでに、隣の伶龍の部屋を覗いた。


「伶龍……」


「あ?」


部屋の中で伶龍は、寝そべって週刊少年まんが雑誌を読んでいた。

てか、どこで手に入れた?

我が家にはあんなもの、買う人間はない。

お手伝いさんか勤務している役人を脅して買わせたんだろうか。

ヤツならやりかねない。


どさりと乱雑に彼の前に腰を下ろす。

しかし伶龍は私に視線を向けるどころか、興味なさそうにまんが雑誌を見たままだった。


「あのさ。

そんなにお腹空くなら一緒に食事、用意してもらおうか?」


それなら盗み食いも減るんじゃなかろうか。

我ながらいい提案だ。

しかし。


「は?

なに言ってんだ、オマエ。

こっそり盗んで食うからうまいんだろーが」


「は?」


伶龍がなにを言っているのかわからない。

あれか、お腹が空いているわけではなく、盗み食いのスリルが堪らない、と。


「あのねー、あんたのせいでみんな迷惑しているの。

そういうの、やめてもらえない?」


「うっせーな、また説教かよ。

用があったら呼ぶから出てけ」


「えっ、ちょっと!」


無理矢理私を立たせ、伶龍は部屋の外へと押し出していく。


「用があったらって、呼ぶのは私のほうなんですが!」


けれど抗議も虚しく鼻先でピシッ!と勢いよくふすまが閉まる。


「もー、人の話、ちゃんと聞きなさい!」


開けようとしたがつっかえ棒でもしたのか、もうふすまは開かなかった。

今のところ穢れは出現していないからいいが、これで任務となったら本当に上手くいくのか心配だ。

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