25.王子様の来訪
「あ、小鳥ちゃーん!」
「ルド様っ!?」
「……確かに有名人になり得るに相応しい方ですね……」
淑女学校が終わる頃。見覚えのない女生徒が突如現れ、帰宅準備をして一緒に来て欲しいと半強制的に連れて行かれた学校の門の先に、淑女学校の女生徒たちに群がられるルド様の姿があった。
この数日で私には見慣れた光景も、何事かとついてきたサラサには新鮮なようで、横で呟くサラサの言葉に私は苦笑する。
淑女学校とは思えないほどに、ルド様に群がる女生徒の姿に"淑女感"は感じられなかった。王子様の前には淑女の教養なんてあったものではないようである。
「可愛い小鳥ちゃんたち、ごめんね。今日は僕の恩人ちゃんに用事があるから、また今度、良ければ1人ずつ名前を教えてくれると嬉しいな」
ごめんねごめんねー。と群がる女生徒を掻き分けて、ルド様はよいせよいせと近づいて来る。
「ありがとう、リリスちゃん。小鳥ちゃんを呼びに行ってくれて……っ! 女神のような優しさに心から感謝しているよ」
ルド様は、私を呼びに来た女生徒ーーリリスさんの手をキュッと握り、ニッコリと微笑む。
「へぁっ!? あ……っ! 私の……名前…っ! あっ! 息が……っ!」
キャーと言うよりギャーに近い勢いで、私を教室まで呼びに来たリリスさんが一瞬で茹で蛸のように真っ赤になっている。リリスさんにはどうやらルド様しか見えていないようだった。
そんなやり取りを私とサラサは近場から横目で眺める。
「順調にファンが増えていらっしゃるようで……」
「噂が負ける方をはじめて見ましたわ」
変に感心したようなサラサの物言いに、はははと私は苦笑する。
茹で蛸にしたリリスさんにお別れを告げたルド様が、私に向き直る。周囲の視線が痛い。最近こんなのばっかりだなと私はげっそりした。
「小鳥ちゃん、体調は大丈夫かい?」
「はい、ご心配頂きありがとうございます。この通り元気です」
遠巻きに突き刺さる好奇と嫉妬と興味と感心の視線に耐えながら、なんとか笑顔を取り繕う。一刻も早くここから立ち去りたい。
「ーーこちらのご令嬢はーー……」
「あ、こちらは友人のサラサです」
サラサを見て少し思案したルド様は、私の言葉を聞いて深々と貴族式の礼を取る。
「……これは、サラサ・グレイヴ令嬢。ご挨拶が遅れました、ルド・ヴァレンタインと申します」
「……私をご存じでしたか」
「ご令嬢の美しさは貴族社会でも名高いですから。お近くで言葉を交わすことができ、恐悦至極です」
にこりと王子様スマイルも忘れずに、ルド様はサラサの手を取り手の甲へ唇を近づける。
「……こちらこそ申し遅れました。サラサ・グレイヴと申します。どうぞここではただの一学生として扱い下さい」
サラサはニコリと艶やかに微笑む。
突如として繰り広げられる貴族の社交場的雰囲気に、私は目を丸くする。
よく晴れた日の光の中、整備された学園内の道で心地の良い風に吹かれながら向かい合うサラサとルド様は、まさしく王子様とお姫様と言って過言でない姿だった。
周囲の女生徒たちも騒ぐのを控えて、その光景を遠巻きに見つめてうっとりしている。
物語から抜け出て来たような2人の姿の隣にいることが居た堪れなさ過ぎて、思わず静かに距離を取ろうとした瞬間ーー……。
「邪魔を致しました。彼女にお話があるのでしょう? どうぞ、私のことは気にせずに彼女をお連れ下さい」
「ご配慮痛み入ります」
ニッコリとサラサに笑顔を向けられ、びくりと停止する。どこ行くねんと、サラサの美しい笑顔の背後から声が聞こえて来る。幻聴だろうか。
「え、もうちょっと話しててもらっても……」
「…………」
「……ルド様、私に何かお話でしたでしょうか……」
早く行け? とサラサから更なる圧を感じ、観念する。我が友人ながら無言の圧が凄まじい。
「小鳥ちゃんが嫌でなかったらお礼もしたいし、よければお茶でもしないかい?」
「お、お茶ですか?」
「もちろん僕の奢りだよ」
「いえ、お支払いはさせて頂きますがっ!」
「お礼だって言ったでしょ。じゃ、そゆことで」
そう言うと、ルド様はサラサにもう一度一礼して私の手を引いて歩き出す。助けを求めたサラサには、ニッコリと笑顔で見送られる。
周囲からあがる歓声が恐ろし過ぎて集まる女生徒たちの顔は見れそうになかった。
「あ、あの、ルド様……つ、ついて行きますので手は離してもらっても……?」
「……ん? 目立つかな?」
「や、どう考えても目立ってますが……!?」
淑女学校の整備された道を歩く、他学校のとにかく目立つルド様に手を引かれて歩きたくない。今後の学園生活にすら支障が出そうな気がする。
「そっかぁ……」
ふむぅ……と、他人事のように一思案した後にルド様はニッコリと振り返る。
「ま、要らぬ虫がつかないためのイメージは大事だから、大丈夫でしょ」
「いや、何の話しですか……っ!?」
お願いだから聞いて! と騒ぐ私を尻目に、どこ吹く風かのように機嫌良さそうに歩くルド様。
気のせいか、繋いだ手を先程よりも強く握られた気がして、私は狼狽えを誤魔化すように唇を噛む。
早くなっていた鼓動が、耳元でうるさいほどに響いていた。
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