24.疑惑

「ーーで、帰って来てしまう辺りがハンナですよね」


「言われると思いましたよ……」


 淑女学校に登園後、朝っぱらから早速とサラサにダメ出しをされ、はははーと私は苦笑する。


 昨日は置き去りにされたガロウさんと2人、その後はささっと身支度を整えて帰路についた。


 帰りの馬車内では全く関係のないガロウさんに、私が受けた呪いのことを物凄い申し訳なさそうな態度をされて、恐縮過ぎて縮みそうだった。


「まぁ、ハンナらしいと言えばらしいのですけど……。ちなみに、体調は本当に大丈夫なのですか?」


「あ、それはもう本当に大丈夫みたい。いっそ貴重な体験だったかも」


 呪われそうになって、呪詛返しをしてもらうなんて中々ない気がする。


「……何を能天気なことを……。ルド様とは無関係の可能性もあるのですよ? ハンナ自身が標的だったらどうするんですか……」


「ーー……」


 確かに……。と反論できず、顔が引きつるのを自覚する。


 思わず胸元を左手で探ると、制服の下でこつんと指先にネックレスが当たり、少しホッとした。


「……ところで、ヴァーレン様にひどく気に入られている節があるとガロウから伺ったのですけれど……?」


 普段はクール中のクールなサラサにしては珍しく、ずずいと身を寄せて聞いてくる。


「……それ、私も不思議だったんだけど……ライト兄様の妹だってバレたからか……。……何だかんだとルド様にも優しくて面倒見の良さそうな人だから、元来優しい人なんだとは思うんだけど……とは言えやっぱり必要以上に親切にされているような……な、感じでして……」


「……物凄いまでに歯切れが悪いですね」


「他にどう表現しろと?」


 むず痒さに耐えられず、あーもうと喚くと、サラサは神妙な面持ちながらクスリと笑う。


 むー……っと私はサラサを睨みつける。サラサはたまにこう言う節があって、わかっていながら言わせようとする節がある気がする。のは、多分私の気のせいではないと思う。


「サラサー?」


「ふふ……ごめんなさい。ちなみに、ヴァーレン様と面識は本当にないのですか? お兄様のご友人みたいですし……」


「んー……多分ないと思うんだけど……。ヴァーレン様って仮面つけてて、正確に言うと顔はわからないんだよね……」


 仮面越しの、ヴァーレン様の優しい声音を思い出す。少し低くて、落ち着いた声。


「……まぁ、何にせよ、ヴァーレン様の目論見通りに、これ以上の危害がなく落ち着くと良いですね」


「うん」


「…………」


「……?」


「…………」


「……どうしたの、サラサ。急に黙りこくって……」


 突然に脈絡なく黙ってしまったサラサを不審に思い、私は様子を伺う。また気づかぬうちに何かをやらかしただろうか。


「……それはそうとして……いえ、何でもないです」


「えっ!? 何? 気になるんですけど……っ!?」


「いえ、いや……でもさすがに……と言うか……」


「えっ!?」


 突然に不審な態度を見せるサラサに戸惑う。基本的に言いたいことをあけすけに話すサラサが言い淀むというのはかなり珍しい。


「……昨日の手作りの護符たちはいかがでしたか?」


「…………」


 様子のおかしいサラサを、私は見つめる。しばし居心地の悪い時が過ぎた後、私はサラサの薄い肩をガッと両手で掴んだ。


「……サラサ……今誤魔化したでしょ。何っ! 何が言いたいの! 早く言って!」


「…………っ」


 ガシガシと思わずサラサを揺さぶると、根負けしたようにサラサが私の手を自分の肩から外し、乱れた髪を整えて口を開く。


「……さすがに……ないとは思うのですが……」


「え、この引き伸ばし具合がホントに怖いから早く言って」


 んんん……と、未だに言いあぐねているサラサに不安を煽られる。


「……ハンナ、あなたの婚約者様のお名前……ルド・ヴァレンタイン様……ですよね?」


「え?」


 思いがけないサラサの問いかけに、私は止まる。


「え? 何で急に? や、だってライト兄様がルド様って……? ヴァー何とか的な……」


「……ハンナに聞いた際に、私の中でもうお一方別の方のお名前がありました。ただ、お家柄的な差や、名前のニュアンス的にも可能性が低いかと思っていたのですが……」


「え? どゆこと? 怖いんだけど……」


「私が思い当たった方は、ルド・ヴァレンタイ様とーー……」


 サラサの言葉を聞き、私は控えめに言って卒倒しそうだった。そして今後、情報は必ず正しく把握しようと、心底思い知った瞬間だったーー……。

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