15.黒魔術師一家の君
シルフィア先生に話を聞いた日の学業後、私はサラサに馬車と護衛の手配のお礼を伝え、再びガロウさんと淑女学校を後にした。
「それで、その黒魔術師一家の御子息と接触されるということですか」
「ヴァーレン家のご子息と接触できるかは未定ですが、ひとまず探して、可能であれば相談をしてみようかとは思っています。有名な一族のようですし、そもそもルド様の方が私よりもそのヴァーレン家の御子息をご存知かも知れませんが……」
馬車内でガロウさんと向かい合う形で座り、これまでに知りえたことと、現在向かっているカルディナ高等学校での予定について簡単に打ち合わせる。
「ヴァーレン家とも言えば古くからある侯爵家ですね。魔法派閥の中核を担う一族です。政界でもかなりの権力をもつ家柄ですし、奥方様や世継ぎも多い大所帯なイメージの一族だったと記憶しています。」
「侯爵……政界……派閥ですか……」
しがない地方貴族の端くれとしては、家柄が格上と言うだけで緊張感が格段に跳ね上がらざるを得ない。
万が一粗相でもしようものならば、格上貴族の一声で一家離散どころか、下手したら首が飛んでもおかしくない場合さえもあり得る。
「やはりすごいお家柄なんですね……。なんだか緊張してきました……。と言うより、ガロウさんはヴァーレン家をご存じなんですか?」
相対したことがあるような口振りに、私はつい身を乗り出した。
「いえ、これでもサラサお嬢様の護衛でもありますので、社交場には同行させて頂くことが多いだけですよ」
いやいやとガロウさんは身体の前で片手を軽く振る。
「なるほど……。……やっぱり突然こんなことを頼みに行くのは失礼でしょうか……。やめた方がいいと思いますか……?」
弱気になってきた私はソワソワとスカートを握ったり離したり、落ち着きなく視線を馬車内に彷徨わせたりした後、最終的に堪えきれなくなりガロウさんに意見を求めてみる。
「……それは、ハンナ様がお決めになることですね」
「ですよね……」
少し困り顔で至極真っ当な返しをガロウさんに頂き、自分の不甲斐なさに合わせる顔がなくなり、徐々に視線が落ちていく。
ここまで振り回しているサラサやガロウさん張本人を前に、私は何を言っているのだろうか。
ガロウさんがやめた方がいいと言えばやめるつもりだったのか。そんなことを聞くくらいのなら、さっさと黙って婚約者と結婚すればいいだけなのだから。
私はただ、ガロウさんに大丈夫だと、慰めて欲しさに甘えていただけなのだと自覚してしまい、恥ずかしくて顔を上げられない。
「……ハンナ様。私が意見することではありませんので、あくまでも私の独り言として聞き流して頂きたいのですが……」
「……はい……」
スカートを強く握る、自分の膝上の両手に落ちた視線を、話しかけられたことで反射的に上げる。
コホンと一つ咳払いをして、ガロウさんは少しだけ緊張した様子で静かに口を開く。
「私が思いますに、ご婚約者様の呪いの件にしても、そもそものご婚約の件にしても、ハンナ様ご自身の問題でもありますが、ルーウェン家の問題でもあります。対処や道筋は様々にありますし、それはハンナ様以上にハンナ様のご両親様方がよくご理解していると思います」
「……はい……」
つまりですね、と少し困ったような表情をしてガロウさんは再び口を開く。
「ハンナ様はお若いのに、ご自身で物事を受け止めて、ご自身で考え、行動もできる素晴らしいお嬢様であらせられますが、それ故に少し気負われるきらいがあるように私には見受けられました」
「いえ、そんなことは……」
「確かに貴族のご令嬢としての立ち居振る舞いは重要ではありますが、ヴァーレン家に討ち入りする訳でもないですし、こちらも相手も学生ですし、もう少し肩の荷を降ろして、あわよくば、くらいの軽い気持ちでも宜しいと思いますよ」
「……あ、ありがとうございます……」
私の落ち込みを見透かしたようなガロウさんの物言いに、それでもその言葉に救われて、思わず涙が滲むのを必死に堪える。
「サラサにもガロウさんにも本当に良くして頂いて……。ご迷惑をおかけしてますが、協力して頂いて本当に感謝しています。私、がんばります」
ガロウさんの言葉に背を押され、ようやく自然に笑えた気がした。
そんな私にほっとしたように穏やかに笑ったあと、出過ぎた物言いをしたと下げてくるガロウさんの頭を上げてもらうのに、その後私は苦労した。
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