14.魔法と魔術と呪いと 2

「どうにもならない……とはどういう意味ですか?」


 眉をひそめて、発されたシルフィア先生の言葉を繰り返す。


「そのままの意味さ。魔法は魔力量の調節や詠唱中断やら、ある程度は自身でのコントロール下にあると言えるが、魔術は違う。言うなれば飛び道具だね。一度手を離れた所まで進めてしまえば、あとは見守るしかない。それがどんな威力で、どんな結果になろうと、それを止める手立てはない」


「な、なるほど…」


 誰でも扱える便利さの裏にある少し怖い情報に、私は思わず後ずさる。学業でなんとはなしに学んでいた白魔術だったけれど、きちんと理解して学ぶことの大切さを改めて痛感した気がした。


「で、以上を踏まえた白魔術教員としての私から、長々と話した上での結論だが…」


「は、はい…」


 一呼吸おいて私を見つめるシルフィア先生を真っ直ぐに見返し、次の言葉を待つ。


「ルーウェン令嬢がなんとかしたいと考えているその知り合いには、首を突っ込むのをやめるべきだね」


「え、でも魔術ならお金はかかるけど、何とかなるって言う話しではないんですか?」


 はっきりと言い放つシルフィア先生の言葉に戸惑いながら、私は追い縋る。


「これがちょっとした毒や怪我ならそうは言わない。けど呪いは訳が違う。そこら辺の全うな魔法使いや魔術師なら、白黒問わず取りあっちゃくれないよ。もちろん私もだ。寄ってくるのは詐欺か、何か魂胆があるやつか、とにかくロクなやつじゃない」


「な、何でですか?」


「いいかい、呪いってのはルーウェン令嬢が考えているよりよほど厄介なものだ。その厄介さはそれを知るほどに身にしみる。まともな奴はそんなもんに好き好んで関わろうとはしないもんだよ」


 口調強く話すシルフィア先生は、恐らく私がこれ以上関わることへの警告を伝えようとしているのだとわかる。


「…危険なのはわかりました。必要以上に私自身が介入するつもりはありません。ただ、可能なら知り合いに伝えるアドバイス的なものを頂くことはできませんか?」


「…あんたも頑固だね、ルーウェン令嬢」


「え、私頑固ですか?」


 眉間にシワを寄せてじとりと見てくるシルフィア先生に変な汗を感じながらも、アドバイスくらい貰ってもバチは当たらなかろうと食い下がる。


「無自覚かい?」

 

 そんな私の一言にシルフィア先生は一瞬きょとんとし、こらえきれないといったように噴き出した。


「え、えと」


「あぁ、すまない。やっぱりあんまり慣れないことするもんじゃないね。私はどうも教員には向かないようだ」


 ふんと息を吐き、シルフィア先生はやれやれと苦笑する。


「悪いが、アドバイスにもならないことくらいしか言えないよ。”呪い”関連についてはその道の専門家を探すしかない。魔法でも魔術でも白でも黒でも、とにかく呪いの専門家だ。確かな筋を見つけて、そこに大枚をはたくしかない。中途半端に介入することは絶対にやめることだ。私からは以上だ」


「あの……白でも黒でもいいんですか? 呪いを解きたいなら白魔法使いか白魔術師ではないんですか?」


 素朴な疑問に眉根を寄せる私に、シルフィア先生はにやりと笑い、右手の人差し指を立てて私の鼻先に軽く当てながら声を潜める。


「ルーウェン令嬢、物事にはすべて裏があるものだ。呪いをかけるのも解くのもその特性を知る必要があり、表裏一体の関係だ。さらに言えばお互いがいなければ成り立たない生業でもある」


「…つまり、その筋の専門家同士がつながっているということですか?」


「まぁそこは人にもよるだろうが、お互いにただの関係ではないだろうし、少なくとも互いの情報はある程度握っているだろう。もちろんそれ以上にズブズブのやつらもいるだろうね」


「そんなの、詐欺みたいじゃないですか」


 思わず眉根を寄せる私を見て、シルフィア先生は苦笑する。


「世の中は想像以上に賢い者の計略で満ちているものだ。なんでもないと思うような身近なものや事柄でも、長い研究や実験の繰り返し、普及させるまでの過程や戦略がある。与えられるものをただ享受するだけでなく、見えない裏側の意図を知ろうとする視点があると、今まで見えなかったものが見えるかも知れないね」


「…見えない意図…ですか…」


 ふぅむと考える私を眺め、シルフィア先生はふぅと息を吐く。


「…ちなみにルーウェン令嬢、兄弟はいたか?」


「あ、はい。兄が2人と弟が1人います」


「…その兄弟…カルディナ高等学園に通ってたりはしないか?」


「え? あ、2人目の兄が通ってます。1人目の兄も卒業しましたが通ってたはずです」


 突然の切り替えについて行けず困惑する私に、シルフィア先生は声をひそめて耳打ちする。


「なら話は早い。その学園に有名な黒魔術一家――ヴァーレン家の御子息が通っているはずだ。うまくすれば、ちゃんとした筋を紹介くらいしてもらえるかもしれないよ」


「――っ! 先生っ! ありがとうございまーー…いてっ」


 ひとまず活路を見出せたことで思わず笑顔になる私だったが、首を必要以上に突っ込まない程度に頑張りなと、シルフィア先生に背中をバシッとされ、思わず声が出た。

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