16.黒魔術師一家の君2
今日も変わらず中庭を私物化して、女生徒に囲まれる物語の王子様のようなルド様は、私を遠目に見つけるなり「小鳥ちゃーん」とにこやかに呼びかけながら手を振ってきた。
私だけに向けられたその態度は、正直ルド様を囲む周辺の女生徒が目に入らぬほどに煌びやかで、胸が高鳴るのも止められず、なんとも言えぬ居心地のなさを感じる。
もうこれは致し方ないとしか言いようがない。現実感がなさすぎて、我ながらおとぎ話でも見ているようだった。
とは言え、その光景を見た女生徒たちから瞬時に発されたおびただしい殺気を身に浴び、そんな空想じみた空気からは一瞬で現実に引き戻されることとなる。
そんな修羅場のような空気を知ってか知らずか、先日と同様に他の女生徒を丸め込んで人払いを完了したルド様と、日除けのある小洒落た椅子とテーブルで私は対面した。
ガロウさんは例の如く私の背後に控えると譲らないため、本日も引き続き落ち着かない。
人払いしたはずの周辺の物陰から鋭い殺意を感じられるのは、私が自意識過剰である訳ではない気はしている。
ちなみに昨日は手こずったカルディナ高等学校の守衛については、ルド様が口裏を合わせてくれたおかげで本日はすんなり通ることができた。
「ヴァーレン家?」
「はい。ルド様はそのご子息の方をご存知ですか? こちらの学校に通われているようなのですが」
「あー、彼なら家柄もそうだけれど、ある意味で有名人だからね。同じ学年と言うこともあるし、多少は知っているよ」
「有名人なのですか? どう言った感じの方かわかりますか? こう言った、御家柄に関わる呪いなどについて尋ねても大丈夫そうな方でしょうか?」
「そうだねぇ、彼はちょっとミステリアスで近寄りがたい感じはあるけど、いい人なんじゃないかなぁ。そんなに突っ込んだことを話す訳でもないからわからないけどねー」
んー、わからないなーと他人事のように軽くにこやかに返され、私は誰のためにこうして今ここにいるのだったかと一瞬冷ややかに考え、自分のためだったと思い直す。
「小鳥ちゃんにそう何度も足を運んで貰うのも悪いし、今から会いに行こうか。彼って本の精霊だから、多分今日も図書室にいるんじゃないかな?」
そう言うとルド様は早速と立ち上がり、テーブルを回って私へうやうやしく手を差し出す。
ルド様の動きを目で追っていた私は、さらりと流れる金髪や、顔にかかる影、その優美さの全てに思わず見惚れつつ、少しの戸惑いの後にその手を取った。
するりとエスコートしてもらい、増大した殺気に気づかないふりをしながら、こちらだよとエスコートしてくれるルド様に促されるままに歩く。
身長差がだいぶあるのに、さりげなく私の歩く速度に合わせてくれているのがわかる。
「……本の精霊ですか?」
「そうそう、あれ、本の妖精だったかな? 小鳥ちゃんたちも良く話してたりするからね」
ミステリアスな本の妖精? ミステリアス感しかなくて、想像力が追いつかない。ミステリアスな妖精をぼんやり想像しながら、隣で長い金髪を風になびかせながら颯爽と歩くルド様の存在を意識しないように努める。
ただでさえ男性の免疫がないのに、こんな王子様みたいな人の隣を歩くには経験が少な過ぎて、意識すれば全身の血が沸騰しそうだった。
「……あ、そう言えば、私との婚約についてはお家の方に伺ったりしましたか?」
「あー……ごめんねぇ。まさか昨日の今日で小鳥ちゃんが再び僕の前に舞い戻ってくれるとは夢にも思っていなくって。でもそんなに僕と婚約破棄をしたいだなんて……まるで心に風穴が空いたように寒くて凍えそうだよ」
「え!? いえ、あの、お困りでしょうし、早い方がいいかなと思っただけでして……っ!」
まるで演劇でも見ているかのように大袈裟な身振りで私に視線を流してくるルド様の物言いに、私は仰天して否定する。真実ではあるものの、確かに言われてみればそう取られても仕方ない失礼な状況と言えた。
本当にそんなつもりではないんです! と必死に取り繕う私をしばし眺めた後、ルド様はふふと笑ってその長身を折って私の顔を突然覗き込んでくる。
近距離に現れたルド様の顔に驚き、軽く仰け反りながら固まっている私に向け、ルド様はいたずらっ子のように笑った。その笑顔に思わず目を奪われる。
「それなら安心したけど、僕は可愛い小鳥ちゃんと会えて嬉しいのに、可愛い小鳥ちゃんは僕と会えて嬉しくは思ってくれないの……?」
「な……えっ! は……っ!?」
緩く結んだ金髪が肩から滑り落ちる動きから、宝石みたいに綺麗な蒼い瞳を縁取る長い金色のまつ毛まで、その非の打ち所がない美しい顔に再び接近されて頭は真っ白で言葉が出てこない。
「……っ! ……っ! あ……と、お……会いできて嬉しい……で……っ!」
「小鳥ちゃん」
しーっとルド様はその細い人差し指を自身の口先に当てて、私の焦った言葉を途切れさせる。
「なら、良かった」
そう言ってウインクしながら自身の口先に当てていた指先で、私の鼻の頭を軽く小突くと、ルド様はさらりともう少しだよと宙を彷徨う私の手を再び取って歩き出す。
正直に言うともう何が何だかわからず、私は手を引かれるままにショートした頭でルド様の金髪が揺れる背中を眺めるほかなかった……。
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