8.潜入

「あちらが噂のハンナ様のご婚約者様ですか」


「はい。相変わらず女生徒に埋もれてますね」


「これは中々に近づくのにも骨が折れそうですね」


「ですよねぇ……」


 茂みの影からガロウさんと2人で伺う先には、以前に目撃した光景と全く変わらず、多くの女生徒に囲まれて嘘のように光輝くルド様がいた。


 学業も終わりサラサとも別れた後、ライト兄様の共学校へガロウさんと共に手配してくれた馬車で向かう。


 ライト兄様を迎えにくるはずのルーウェン家の馬車と、ライト兄様本人に会わないよう細心の注意を払いつつ、門の守衛に兄と待ち合わせをしていると誤魔化し、私の学生証とガロウさんの身分証を見せてどうにか信じてもらえるに至った。


 私の淑女学校もライト兄様の共学校も指定の制服があるため、いかんせん場違いな淑女学生服と騎士然としたガロウさんの2人組は行き交う生徒たちの目を引いていく。


 その視線から逃れるように、記憶を辿りながら先日の庭園を早足で探し出し、本日も変わりなく女生徒に囲まれているルド様を発見したに至る。


「ちなみにハンナ様……何かこう、作戦的なものはおありなんですか?」


「……何かこう、女生徒の方々が掃けたくらいに少しお話とかできないかな、とか思っていたりしていたんですが……」


「……掃けますかね?」


「……い、いつかは帰られると思うのですが……」


「……」


「……」


 訪れた沈黙に、汗が噴き出す。いくら主人の命令とは言え、どこぞの一令嬢のめんどくさい付き添いに付き合った挙句、日が暮れるのを待つ他人任せのノープラン小娘が私である。


 開いた口がふさがらないであろう、ガロウさんの顔が恐ろしすぎて確認ができない。


「ふふふふふ」


「ガ、ガロウ……さん?」


 突如隣で肩を震わせはじめたガロウさんに、色々な意味で恐怖を感じながら様子を伺う。


 右手で口元を覆い、左腕でお腹を抱えながら小さく丸まって笑いを堪えているガロウさんに、戸惑いながらあわあわとしていると、まだ笑みの浮かぶ顔でこちらを見返される。


「失礼しました。少しサラサお嬢様の言葉を思い出してしまいまして」


「え……サラサは私のことを何て言ってたんですか?」


「あー……すみません。サラサお嬢様にお叱りを受けそうなので詳細はお伝えできませんが、日が暮れそうなら蹴り飛ばしてこいと……」


「それ以上の詳細が何かあるんでしょうか!?」


 ふふふとまだ笑いながらニコリと答えるガロウさんの言葉に、つまりは何かよろしくないことですよねとガックリと肩を落とし、とは言え言われても致し方ない現在進行形の数々の惨事である。


 サラサに行動を見透かされ過ぎていて全く笑えない。


「……ちなみに失礼ながら私が思うに、ご婚約者のハンナ様のお立場なら、あの女生徒たちを蹴散らしてご婚約者様にお声をかけても宜しいと思いますよ」


「……もしかしてサラサに何か言うように言われました?」


「具体的にどうと言う訳ではないですが、思ったことは口にして良いとは……」


 草の影からもじもじとタイミングを計りかねて、はや時だけが過ぎている現状をどこかで見られているかのごとくなサラサの進言であった。


 ガロウさんはふふふと苦笑しながら、けれどこちらの様子はしっかりと伺っている気配を感じる。


「……ありがとうございます、ガロウさん。ルド様のあまりの人気と、年上の女生徒の方々に腰が引けていましたが、確かにその通りですね」


 はぁと息を吐いて拳を握り、気合いを入れる。


 ガロウさんに言われた通り、思えば一般の女生徒に婚約者が遠慮する理由が思い当たらない。


 すぅはぁと深呼吸し、行きます。と小さく呟くと、隣でガロウさんがお供します。とニコリと笑った。


 緊張で身体のあちらこちらに感じる汗に気づかないフリをして、その場にザッと勢いよく立ち上がる。


 遠目で、ルド様とルド様を取り巻く女生徒の何人かがこちらに気づいたのが視線でわかった。


 足早に隠れていた草木を避けて、群衆に向かい歩く。ガロウさんを確認する余裕はないものの、ついて来てくれている気配は感じていた。


 人だかりの少し手前で立ち止まり、膝を曲げて片足を後ろにずらし、スカートの裾を両手で軽く持ち上げ、首を垂れる貴族の定番な挨拶を行う。


 スカートをつまむ手が緊張で言うことを聞かないのは気づかないふりをした。


 無数の視線が、場違いな服装で場違いな草の影から現れた2人組に突き刺さる。


「突然の訪問大変失礼致します。お初にお目にかかります、ハンナ・ルーウェンと申します。ルド・ヴァレンタイン様にお話があって参りました」


 無数の困惑した視線に混じり、ルド様が感情の判断できない表情でこちらを見返していた。

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