7.護衛
「ハンナ・ルーウェン様、いつもサラサお嬢様と仲良くして頂きありがとうございます。旦那様に変わりましてお礼をお伝えいたします」
天気のいい学業終わり。淑女学校の中庭にて、にこりと柔和な笑みを浮かべ、すらりと背の高い20歳ほどのその青年は深々と頭を下げる。光に反射するグレーの長髪は後ろで一纏めにされ、髪と同色の瞳は人懐っこさも帯びている。簡素だが騎士然とした服装に、帯同した剣はいささか不釣り合いなほどの好青年だった。
淑女学校の敷地内にいる男性が珍しいのか、はたまた目の前の好青年に心ときめいているのか、周囲を行き交う女生徒の視線が熱い。
「紹介致します。私の護衛兼世話係のガロウです」
「ハンナ・ルーウェンと申します。こちらこそいつもお世話になってます。今日はわざわざお手を煩わせてしまい申し訳ありません」
事も無げにさらりと紹介をするサラサを横目に、自分の婚約破棄のためだけに第三者までも巻き込んでいることに申し訳なさ過ぎて恐縮する。
「先にご紹介頂きましたが、私はサラサ様にお仕えしておりますガロウと申します。きちんとご挨拶するのは初めてでしたね。遅くなり大変失礼いたしました。今後ともサラサお嬢様と仲良くしてあげてくださいね」
「もういいかしらガロウ」
このまま世間話でもはじめそうな勢いのガロウさんを遮って、サラサは少しバツが悪そうに腕を組んで肩をすくめた。
「さすがに余所様の一人娘にアリバイ工作をさせた上に、一人で出歩かせるわけにもいきませんので、動く際はこちらのガロウを必ず付き添わせてください。きちんとお家に送り届けるまで責を果たさせますので」
「サラサ、本当に私一人でも大丈夫だ――……」
「いいですね」
「……なんかすみません……」
二の句を継がさせないサラサの迫力に押され、頭を下げる。
「こちらこそ、サラサお嬢様が申し訳ありません」
ガロウさんは人のいい笑みを浮かべながら、その整った眉を八の字にさげた。その様子を見るに、こういった事態は慣れっこなのか、心なしサラサの醸し出す空気も普段より年相応な気がする。
作戦会議から数日後、サラサの主導の元に計画は地道に進行していた。
王子様――もといルド様に接触するにも、一応の肩書きが伯爵令嬢の上に、婚約者持ちである私は好きに出歩くことはできない。更には学校と家の行き帰りは兄弟2人と同じ馬車での集団行動である。
そこで学校の共同課題のために何日間か学業後に居残り、終わればサラサの馬車にて家に送り届ける旨の嘘の封書を用意し、私の両親に兄弟たちと別行動の了解を得た流れとなった。
とは言えサラサは、私個人を送迎してくれる専用の馬車に、護衛のガロウさんを手配してくれているため、嘘とも言い切れないほどに手厚い嘘である。
「……色々と申し訳ないんだけど、ガロウさんはサラサの護衛でしょ? サラサは大丈夫なの?」
「私付きの護衛と世話係はガロウの他にそれぞれ1人ずつ別におりますので問題ありません。ガロウは若いですが、特に腕の立つ護衛になるのでご安心ください」
「や、ガロウさんの心配はしてないんだけれども……」
そんな腕の立つ専任の護衛兼世話係がいるサラサから、もの凄く個人的要件の部外者が護衛を奪いとって本当に良いものなのだろうか不安でならない。
「ハンナ様、御気遣いありがとうございます。サラサお嬢様は見た通り頑固者ですから、ハンナ様がお困りでなければ気にせずに私をお連れ下さい。他の者とも業務については示し合わせておりますのでご心配なく。この身に代えましてもお守りいたしますので」
「いえ、代えないで頂いて結構ですので……っ」
「ガロウ? あまり余計なことを言いましたら承知しませんよ」
「なんのことでしょう?」
ギロリと睨み付けるサラサをにこやかにかわして、ガロウさんは明後日を見やる。
一応私自身も伯爵令嬢であるため、屋敷に何人かのメイドや護衛、御者などはいるものの、専任というのは中々聞かない。サラサ個人に専任の付き人が3人もいるとは初耳である。
すでに後には引けなくなってきている現状と、目の前の友人の新たな姿を垣間見て、私は心中穏やかではいられなかった。
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