6.作戦会議
「本当にあのルド・ヴァレンタイン様でしたの。色々驚きは否めませんですけど、悪い方ではないようですし、ひとまずよかったですね」
「いや、まったくよくないんですけど」
淑女学校へ着いたや否や、教室で一人いつものように読書にふけるサラサを見つけて昨日の情報を報告すると、えらく温度差のある回答が返ってきた。
ふぅと気のない返事をして、後ろ髪をひかれるように読んでいた歴史の本をサラサはしぶしぶ閉じる。
「昨日のモチベーションはどこへ?」
「朝から本当に元気ですね、ハンナ」
もしかすると、本の進みに対して話しかけたタイミングがよろしくなかったのかも知れない。
「でも婚約のお話がお相手の方からならば、基本的には向こうから解消して頂くのが一番角は立たないようには思いますが、そう上手くことを運べるか。ですね……」
「ちなみに私ルド様とお会いした覚えが全くないんだけど、そういう場合どうなんだろう……」
ふぅむと思案するサラサをよそに、寝るまでうんうんと思い返してもやっぱり覚えのない王子様の姿を思い浮かべる。あんな目立つ人とはすれ違った覚えすらない気がする。
「本人とお会いした覚えがないなら、単純に考えれば家同士の政略結婚の可能性が高いですね。まぁ家同士の思惑ですと正直解消はより難しいと思いますけれど」
「ですよね……」
最悪だ。と言うにはルド様に悪いものの、私と同じ結論を呟くサラサに絶望を覚える。
政略結婚が息をするかのごとく当たり前で、結婚に際して当人同士の意思は一ミリも関与しない一昔前ほどではないものの、そういう結婚意識が未だ根付いているのも確かである。
「私も少し調べてみましたが、ルド・ヴァレンタイン様はヴァレンタイン伯爵家の二男。ヴァレンタイン家は比較的若い一族で、主に商品を運ぶような流通業を生業としているようですね。若いとはいえその手腕はやり手のようです」
「爵位……が伯爵なら私の家と同じだから、家同士は同格ってことでいいよね?」
お母様に昔教えられたうろ覚えの爵位をぼんやりと思い出す。
爵位制度は現存していて、大まかに上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順に王様から賜る序列だったはず。
サラサの話によれば、私の家もヴァレンタイン家も"伯爵"位のため、上下関係によって婚約破棄が絶望的になることは免れそうだ。
「そうですね。でもハンナのルーウェン家は歴史のある領地持ちでしたり、色々な要素で同等の伯爵位でも多少の優劣はありますよ。成長の飛躍度具合で言えば、ヴァレンタイン家も立派なお家だと思いますけれど」
「……どこでそんな情報を……?」
事も無げにすらすらと話すサラサに唖然としつつ、畏敬の念を覚える。
「……これくらいは噂話に毛が生えた程度ですから、大した情報ではないです。それより、お相手の殿方とどのように接触するかですけど……」
「え? あの王子様と接触するの?」
サラサの何とも言えない顔を早くも拝見してしまい、私はあわあわと焦る。
「ハンナのご両親が働きかけてくれれば宜しいですが、そうでないならヴァレンタイン家に突撃でもするつもりですか? お相手の内部情報をもう少し知れなければ、動けないと思いますが」
「ごもっともです……。それに、もしかしたらルド様から婚約破棄をできるようにしてくれるかも知れないしね」
ゆるい希望を思いつく私に、心持ち冷ややかなサラサの視線が注がれる。
「……相手の出方にもよりますけど、いかんせん情報が少ないですね。ひとまずさっさと一度接触してみましょう。アリバイ作りには協力させて頂きますよ」
にっこりと微笑むサラサに若干の不安を覚えつつ、その後もサラサ先導の作戦会議は続いた。
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