3.彼を知る

「何事も基本ですけれども、まずこれから相対する相手を知ることは最重要でしてよ。行き当たりばったりで行動したところで何もいいことにはなりませんから」


「うっ……はい……」


 どちらかといえば思い立ったら即行動、即発言した今朝の家族集会を思い出し、耳が痛い限りで私は視線を泳がせる。確かに全くいい結果になったとはお世辞にも言えない。


「ひとまずはお相手の殿方を知ることが重要かと思いますが、すでに知っている情報などはありますか?」


「……歳はライト兄様と同い年の16歳で、”ルド”様というお名前で、とてもいいお話だと……」


「……」


「…………」


「……ハンナ、まさかとは思いますが、それだけですの?」


 私の次の言葉を待った沈黙の後に、心底信じられないというような顔でどん引いているサラサに焦る。


「い、いや、あんまり詳細を教えてくれないし、婚約自体に衝撃的で相手は誰でも一緒というか……っ」


「…………」


 何とも言えないもの凄い顔で言葉を失っているサラサの視線が痛い。死ぬ気で情報をひねり出そうとしても、知らないものは知らないため二の句を紡ぐことはできなかった。適当に流されて生きていた過去の自分をひっぱたいてやりたいほどの圧力をひしひしと感じる。


「……ハンナ、あなたのよくない所でしてよ。情報はきちんと正確に認知なさい。自分の置かれている状況すらまともに理解していないのに、自分目線で主張をしたところで誰が取り合ってくれましょうか」


「はい、ごもっともです。すみません……」


 まるで今朝の家族集会にサラサも同席していたのかと疑うほどの的確さである。


 魔法学の授業が始まり、前回の抜き打ち試験問題が返却されている最中、教師に叱られる生徒のようにうなだれた。


 そうこうしているうちに私の名前が呼ばれたため、試験結果を受け取りに席を立つ。渡された結果は58点と何とも中途半端な数字であった。


 芳しくない成績にすごすごと戻ってくると、サラサは何事か思案している面持だ。


「……見捨てないでください、先生」


 雨の中に捨てられた子犬のように、中途半端な試験結果を手にサラサに追いすがる。


「……今に始まったことでもないですし、そもそも私のことでもありませんので、その件はハンナご自身できちんと確認をしておいてくだされば結構です。それよりも、”ルド様”は間違いないのですよね……?」


「何かの時にライトお兄様が”ルドはいい奴だ”と口にしてたから、そこは多分……」


 朝の家族集会でも名前を口にしたが誰にも否定されなかったし、恐らくそこは大丈夫なはず。


「……ハンナのお兄様と面識があるということは学友の”ルド様”でよろしいのかしら……。思い当たる方が私の知りえる範囲でもいるにはいるのですけれど……」


「えっ!? サラサ、"ルド様"を知ってるの? 知り合い? どんな方?」


 思わず身を乗り出してサラサに詰め寄るも、サラサはうーんと歯切れ悪く言い淀んでいる。

 そうこうしているうちに教師からサラサの試験返却の声がかかった。


「今回の試験は抜き打ちでしたのに、さすがサラサさんでしたね。満点でしたわ。皆様もサラサさんを見習って学業に励んで下さいね」


 教師の先導した拍手に習い、パチパチパチと教室にまばらな拍手が起こる。


 容姿端麗、成績優秀。非の打ち所のない友人は、手にした満点の結果を特に嬉しがる様子もなく戻って来て一言呟く。


「ハンナ、貴女の婚約者様は有名人かも知れませんね」

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